シーン0:

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本日付けで以下の辞令を発表する。

警備本部本部長兼保安部部長代行

御徒町たくや

本日付けで以下の部署の新設を行う
警備部と保安部を統括する警備本部を新設する。

警備本部の下部組織として保安部を再編・統合する
・業務内容としては全保安部の業務内容を引き継ぐ事

尚、同名は警備部第3課課長が決定するまで同課課長兼務とする

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シーン1:

「おかちーさん、おかちーさんってば!」
「ん?」
場所はトライデントコーポレーション、女子社員用入浴室。
広さは普通の銭湯並であるが、ジャグジーからハイコンプレッサーシャワーまで完備された入浴施設である。たくやは丁度、座浴ジャグジーの所にいた。
「おかちーさん、そのままだと溺れますよ」
「ごふっ!」
気が付いたときは鼻まで湯に浸かっていた、寝ぼけて鼻から水を吸い込んだため激しくむせ込む。
「あははははは」
大声でその様子を笑ったのは七瀬真美、先日警備課に(無理矢理)配属された元傭兵である。
「ケホッ」
「大丈夫ですか? 気持ちよさそうだったからそのまんま天国に逝っちゃうかと思いましたよ」
真美は笑顔。
たくやはしかめっ面。
「おかちーさん、辞令見ましたよ大抜擢じゃないですか」
「辞令は発表2週間前に本人に告知される、別に驚きはしないよ」
「へ〜、あ、そうだ。さっきの状態だったらおかちーさん殺れたかもしれなかったのね。チャンス逃しちゃったかな」
「なんで?」
「だっておかちーさん裸だし、素手ならわたしの方が強いだろうし、さすがにお風呂にまでワイヤー持ち……」
真美がポンプ式のシャンプーを押すと瞬間に、シャンプーがバラバラになる。
「持ちこんでるのね……」
「んで、こんな時間にこんな所に来るって事は、なんか用?」
「ひっど〜い、保安部3課のたった2人しかいない女同士、裸で親睦深めようとおもってたのに〜」
「何回言えばわかるんだ、七瀬がいるのは『警備部』だ。保安部じゃない。それに裸で親睦を深めるつもりはないし、辞令降りる前から保安部はバカ安西の一件以降あたしが指揮をとってたんだ、ただそれを正式に発表しただけ。だから仕事の量はかわりゃあしないよ」
「仕事の量変わらないっていったって、おかちーさん、2週間帰ってないでしょ?」
本当だった。
睡眠時間も毎日3時間程度、しかし社内泊まり込みは禁止されている為、遅くに帰って早く出社していることになっている。しかも管理職の為に残業手当が付かない。
勿論、部下に任せられる仕事は任せているはずだが、急病や退社した人間の穴埋めをしようとすると、他の人間に任せることなく自分がその穴埋めに入ってしまう。
良い上司ではあるが、部下を心配させる悪い上司でもあった。
「先上がるよ」
「へー」
「何だ? まだ用か」
「おかちーさんって結構着やせするんですねぇ」
真美はたくやの後ろから胸を鷲掴みにする。
「お年の割にはしっかりとした張り、形も崩れてないし揉みごたえ充分」
「か、かってに触るな!」
たくやの裏拳をかわし、真美は少し後ろに下がる。
「いーじゃないですか、女同士なんだし。お互い処女じゃあるまいし〜☆」
「やかましい! だからって人の身体に勝手にさわるんじゃない!」
真美はニャハハハと笑っているが、たくやは近くにあったバスタオルで身体を隠し顔を赤くし、そのまま脱衣所へ行ってしまった。
一人だけになった真美は、たくやの胸の感触を思い出しながら、自分の胸を触ってみる。
「よし! あたしのほうが大きい!!」
大声でガッツポーズを取った瞬間、石けん箱が真美の額に命中した。

シーン2:

「部長、あの子をなんとかしてくださいよ」
苦情がきたのは真美が配属されて20日目、仕事をしないことについての苦情だった。
たくやは普段から部長室に籠もることが多くなったため、第3警備部に顔をださなくなり、その後から真美がぱったりと、あるいは堂々と仕事をサボるようになたという。
「あの子の使い方が上手くないわね」
「そういわれても、私としては十分に指導しているのですが……」
「指導なんて、彼女にとっては何の意味もないわ。依頼と遂行の世界でいきてたんだから、仕事をえり好みさせないで、どんどん与えなさい」
たくやは積み重なった書類から3枚の紙を取り出すと彼に渡した。
「これをやらせるんですか?」
「簡単でしょ、出頭拒否者に連絡するの。連絡じゃなくて直接本人に行かせて、あなた達も少し息抜きしなさい」
「大学に1通と船舶業者が2通ですね」
「それと全部にメッセージを付けて『取って食う訳じゃないんだから、指だけでも出頭にきなさい』って」
たくやの目線は彼であったが、指は別の意思があるかのように別の書類にサインをしていた。

彼は第3警備部に戻り、真美に詳細を伝えた。
次の瞬間に真美の顔には満面の笑顔が浮かび、地味な制服にピンクのフリルが付いて改悪された姿のまま部屋を飛び出していった。

シーン3:

「うんと、大須賀、大須賀……」
真美は国際海洋大学内を歩き回る、その姿は異様で周りからは確実に浮いていたが、本人はそんなことお構いなしで、廊下を悠々と歩いている。
「ちょっとそこのキミ! yes! 大須賀研究室ってどこかな?☆」
無駄な抑揚をつけて、側を通る学生に声をかける。もちろんの事、相手は引くがお構いなしに大須賀研究室までの道のりを無理矢理聞いた。

「お邪魔しま〜す☆ トライデントコーポレーション警備部の者ですが、大須賀センセ〜いらっしゃいますか〜☆彡」
「ひぶんでふが?」
アタリメを口にくわえながら出てきたのは、そんな姿がおもいっきり似合わないダンディな親父。短い髪の毛をオールバックでびっしりと決めて、やや彫りが深いが日本人であることは判る。
(ああん、神様ったら、真美のフェイバリットゾーンにニードルガンでBULLなおじさまと引き合わせてくださるなんて、仕事中なのが頂けないけど、真美はもうメロメロです〜☆彡)
きらきら目を輝かせる七瀬真美は今年『23歳』である。
服装コンセプトはゴスロリ。
そろそろ現実と向き合わなければイタイ年齢であるが、本人の自覚は一切無し。
「あのあの……」
無理矢理研究室になだれ込み、小一時間ほど居座った。
大須賀教授も嫌な顔もせず応対し、警備部から持ってこられた書類にハンコを押した。
彼にとって見れば毎度の事であるし、今回は実験が重なってしまったため警部部に行けなかった事を伝えると真美は言い終えるより早く了承した。
「今、何の研究をしていらっしゃるんですか?」
目はキラキラモードのままである。
「今はアタリメの黄金時間の研究、烏賊が死んでから最もアミノ酸の多い時間と腐敗の限界を見極めて焼きの時間も関連してこれが……」
内容はさっぱりであるが、真美は大須賀の言葉にいちいち頷いた。

「それでは失礼いたします」
丁寧に頭を下げて真美は大須賀研究室を後にする、あとは学生の方から署名を貰えば終了だ。
廊下でのすれ違いに変な単語が耳の中に入ってきた。
『人魚の事、上から圧力……』
そしらぬ顔で横を通り抜ける、耳はあらゆる音を拾っていたが、それ以上の細かい話は聞こえなかった。

学校を出る頃には、すっかり舞い上がっていた。
蓼島に警備部と保安部を言い間違え、学校から外に出る方向も間違え、それでも彼女にとっては幸せな時間だった。

シーン4:

七瀬真美(ななせ・まみ)23歳
協調性:C-
真美は時間があるときトライデントコーポレーション内を歩き回ることにしている。
傭兵のクセでもあるが、生き残るすべでもある。
目を閉じてても身体が廊下の方向、相手が来たときの射撃方向を覚える。
「1,2,3,4……」
角から角への歩測をしながら頭の中に地図を作っていく、普段は誰も気づかない角の壁の下に点字のように掘られている場所もあった。停電時にも動けるように予め作られた保安部用の符丁である。

「(人魚)」
今日の地図作製は気になる言葉に支配されて思うようにいかない。

あの日、学校から戻り保安部の部屋に着いたときすっかり舞い上がっていた真美は、たくやに諭され冷静になった。そして会社のPCから人魚に関しての情報を集め始めた。真美にしてみれば社内でそんな話を聞いたことはない、学校だけの話かと思いきやネット上ではまだまだ新鮮なネタのようだ。学校のBBS等でも盛り上がっているが、盛り上がっているのは学生だけでその上の方は沈黙している。
「(上からの圧力、ってことは。教授会とかトラコのほうからよね、陰謀の匂いムーンムン☆)」
とにかく片っ端からアクセスを試み、あらゆる手段を使ったが結局判らずじまいだった。
「ミシャちゃんにお願いしてみるか〜」
ぼそりとつぶやくが、真美以外の職員はすべて出払っていた。
だれにも見られずメールを書き上げ、送信ボタンを押す。
あとは待つだけだった。

そして10日がたったある日。
「(あ、ミシャちゃんからのメールだ)」
メーラーにカーソルを合わせた瞬間だった。
社内LANで緊急連絡がはいる。
『警備部3課各員に緊急連絡、Eセクターにて743(遺体発見)コール。自治警察が初動。待機状態の警備部員は現状維持、七瀬・大森・門松は現場へ直行』
「うん、も〜」
真美はモニター電源を慌てて切ると、ロッカーからフリルジャケットを取りだし羽織ると、机を飛び越して部屋を飛び出た。

>続く

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