writer:Raytuel

シーン1:

「ああなんて私は不幸なの! こんなに頑張ってこのトラコで一番残業してるというのに管理職ってだけで残業代もつかず、部下にも上司にも恵まれず予算は削られ装備は型落ち、一体この現状を神様は見ておいでなのかしら!」
トライデントコーポレーション内警備部警備第3課、3課課長である御徒町たくやは一段せり上がった課長席から総鏡張りの部屋の中で手を合わせて空に向かって拝んでいた。
「恵まれない部下って俺達の事かな?」
「確かに恵まれてないよな、安い給料に過密な勤務とくれば、人間誰でもモチベーションなんか下がるって」
たくやの部下、つまり警備部第3課の部下たちはコソコソと頭をつきあわせてささやき合う。
「恵まれてないのは私の方よ!」
たくやが机を叩く。
大きな音に部下たちは苦笑いをしながら少し引いた。
「そんな事いったってなぁ」
「僭越ながら御徒町課長! 我々は誠意努力を欠かさず勤務にあたっているものであります!」
たくやの目がとんがる。
「ほぉ、誠意努力してこんな簡単な努力目標もクリアできず、ましてや数値目標の半分にも届かず、これで精一杯の誠意努力ならソンなもん湾に沈めてこい!」
「……ばか余計なこと言うなよ、ああいうのは聞き流してりゃあいいんだ」
「そうそう、毎日の事なんだから。言い返したって言い返されるのがオチさ」
「お前そういえばここに来て1週間たってないな、教えてやるよ。御徒町課長のあだ名は1年中ブルーディだ」
「てめぇら、言いたい放題いいやがって。とっとと着替えて仕事してこい!!」
『は〜い』
気の抜けた返事だけが返ってきて3分後、部屋にはたくや一人だけが残った。
「……はぁ」
ため息はつくたびに幸せが1個逃げていくという。たくやは今日、何個の幸せを逃がしたのだろうか。勘定する気力もなかった。

トライデントコーポレーションには警備部と保安部というのがある。保安部がコーポレーション内部の安全を守るものであれば、警備部はトライデントUN全島を守っていると言っても良い。島内部は別に専門の民間警察があるため手を出すことはないが、トライデントの港湾・沿岸を守るのが保安部の仕事だ。第1課が入港する船舶の誘導・監視であり第2課が海上事件事故の担当、第3課はその二つの課をサポートする役割である。そのため第3課は両方の仕事に通じていなければならない。そして保安部新人の教育担当の課であり、実際に事故などあったときは初動捜査を行う権限を持っている。それゆえに第3課は優秀な人材の集まりであり、各方面のエキスパートが配属されていた。

半年前までは。

よくある派閥争いで負け組にいたたくやの上司は左遷された、そして成り行き上たくやに課長の座が巡ってきたのもつかの間、優秀な人間は次から次へと配置を替えられ何の取り柄もない、経験すらない人材が大量に回ってきたのだ。調べれば別の課で素行に問題のある社員だらけ。それでも半年間、大きな問題も無くやっていけたのは、たくやの手腕によるところが大きい。
問題は部下だけではない。
たくやの元上司の替わりに部長職に就いたのが超が4つ付くくらいのハト派。貧相な顔立ちに分厚い眼鏡、か細い声に押しの利かない発言。稟議書も要望書もその上司から上には一切通じないといった状況だ。

たくやの仕事はおおよそ苦情処理に追われる。
誘導先の停留ドッグが間違っていたとか、警備艇と船が接触したとか、誘導の人間が無愛想だとか。
すべてが全てイージーミスであった。
しかし、企業である以上インシデントをまとめアクシデントを起こさないように管理するのは管理職の仕事であり、またそれらについて関係部署に頭を下げてまわるのも責任者の仕事でもある。
書類を片づけるとジャケットを羽織り書類の束を片手に部屋をでた。
時間は午前10時30分丁度、行き先は警備部長室だ。
たくやが部屋にはいるとすでに第1課と第2課の課長がいてその奥には超が4つ付くハトが座っている。1課と2課の課長がたくやに頭を下げると一歩引いた、役職は同じだが3課課長は警備部部長が指揮を取れないときに部長補として指揮を取る事になっている。
「おはようございます森本部長、早速ですが稟議書と始末書と顛末書です。確認して印をお願いします」
「ああ……、よろこんで」
(なに間抜けな返事してるのよ、この男は……)
「それでは部長、執務室へ」
たくやに促されて部長が重い腰を上げる。
執務室といってもさながらコマンドルームだ、各種モニターに各警備船に取り付けられたカメラから逐一映像が来てそれを3人のオペレーターが担当している。必要な指示はすべてこの部屋から出される。とはいえ殆ど何事もない為、執務室のそれぞれの課長の机で書類を書いたり、時々さぼる部下を怒鳴りつけるくらいだ。
「御徒町さん、ちょっといいですか?」
1課課長が書類をたくやの元に持ってくる、本来なら部長の所に持って行かれるべき書類だ。
「ん〜、総務課の三島くんと相談するといいかも。こっち削ると自由効かないから、私からもたのんどくね」
「有り難うございます」
部長は正面のでかい机を前に両手を膝においてジッとしている、そしてたまーに持ってこられる書類に印鑑をおしていた。時々みんなにお茶を煎れたりもしてる。
『代々木課長いらっしゃいますか?』
警備艇から連絡が入る。
「代々木だ、なんかあったか?」
『怪しい船がいるんですが、どうしたらいいですか?』
「どう怪しいんだ?」
『いえ、私の勘違いかもしれませんが……』
「報告に私感はいらない、内容だけ話せ」
『了解、報告された人員より喫水線が下がっている様な気がするんです』
「船にカメラ向けろ」
そこには通常航行に切り替えたばかりの水中翼船がいた。
「……御徒町さん、すみませんいいですか?」
たくやがモニターを見る。
「青島造船のPL511後期型か、簡単に出来てて安いもんだから改造しやすくて耐久年数すぎた中古でも走り回ってるってやつね」
たくやは申告された航海計画書を見て考える。
(木幡観光輸送PD112『第4時津風』乗員は3名で乗客がたった16人?)
「停止依頼をしなさい、停止したら全船待機して待ちなさい」
『了解』
10秒後。
『停止依頼に返答ありません、なおも通常航行で港湾内進行中』
「部長」
たくやが部長の方を向く。
「お顔の色が優れない様ですね、すこしお休みになられたらいかがですか?」
たくやの言葉に部長はおどおどと立ち上がって。
「そ、そうだね。きみがそういうならそうなんだな。私は少し休むから御徒町くん、後は頼むよ……」
部長のいい点が一つあるとしたら、自分の器をしっかりと自覚していることだ。
部長がいないのであれば指揮権は部長補のたくやの仕事になる。
「再度停止依頼をしなさい、あたしは現場で指揮するからここは代々木君に頼む」
「了解しました」
たくやの中で何かが激しく警鐘を鳴らしていた。
あらゆる想定を頭の中で巡らせ、あらゆる行動をシミュレーションした。
そしてその中でも最悪が起こるとは……。

シーン2:

たくやはいったん第3課に戻るとジャケットをロッカーに投げ捨て、中から都市迷彩(ブラックシティカモ)のベストを取りだした。黒いノースリーブのハイネックシャツの上からベストを羽織る。胸もとには2つの指輪がついたベストは、その色以外実用性に乏しい物だった。ロッカーにある特殊警棒なんかには目もくれず乱暴にロッカーを閉めると、机を軽く飛び越して部屋を出た。
廊下を走りながら黒革のグローブを握り直す、両手とも人差し指と中指だけむき出しになった手袋だ。
『御徒町さん、8番のバギーが使えます』
「ありがとう代々木君」
有能な上司はいなくなったが、最後の最後に優秀な部下を置いていってくれたのは有り難かった。
海上バギーは2人乗りの水上バイクを更に大型にした物で、小型船と水上バイクの中間にあたる。水上バイクがスポーツだけなら、海上バギーは移動に主眼を置いている。上部はルーフになっており雨天時でも運転可能、一見すると『金田のバイク』にそっくりだ。
その頃、現場では。
「こちらはトライデントUN海上警備隊です、一時停船をしてください。繰り返します……」
拡声機から何度も何度も呼びかけるが応答がない。船の速度も巡航速度のままである、このまま直進すれば港に着くどころか衝突してしまう。
『早く乗り込みなさい、じゃないと本当に衝突するわよ』
無線から流れてきたのは御徒町の声だった。
巡視船の左前20m付近に海上バギーに乗ったたくやの姿がある。
『それと後で代々木君にも言っておくケド、3隻も巡視船呼んでおいてこの位置取りはお粗末ね』
たくやが腕組みをしている。
『それに喫水線が最初報告を受けたときより上がっているのを気づいたのは誰もいないわけ?』
たくやの声に怒りが滲みはじめた頃に、巡視船の一隻が時津風につけて乗り込みはじめた。エンジン停止は20秒後。船内には数人の乗客がいただけで乗務員は一人もおらず、貨物室にも何も残っていなかった。
『報告します、船内に残った乗客の話によりますと、乗務員は港湾内に入った時に武器を手にして乗客数名を連れて船倉に入ったそうです。連れて行かれた乗客は今リストを照合中ですが……、海洋大学の新入生学生数名、それと産まれて17週目の赤ちゃんですね』
『船倉は良く探したのか、単純計算でも13人だぞ。いきなりいなくなるはずがない、きっちりさがせ!』
マイクから流れてくる1課の隊員と課長の代々木の声をバギーの上で片肘を付きながらたくやは聞いていた。
『ダメです、隅々まで探しましたけど誰もいません』
『監視の目を逃れて逃げるなんて、人間には不可能だ……』
「代々木く〜ん、人間がやることに不可能なんてこの世には無いのよ。頭に入れておきなさい、不可能って思うのはこっちの勝手なの、不可能なんてありゃしない。だったらどうするのかを考えるの」
『……無理ですそんなの』
代々木は有能だが視野が狭いのが玉にきずとたくやがため息をつく。
「最初から比べて質量は確かに減ったのよ、ってことは中にはいない、外に出たわけ。横と上からは出られない、だったらどこから出たのか。簡単でしょ、下しかないじゃない」
たくやが港に海上バギーの鼻をむけてスロットルを回す。
「PL511は水中翼船っていっても浮上形式じゃない、たぶん最初から船倉の下に潜水艇がくっついていていたのね。問題はやつらがプロ集団だってことと、潜水艇に何を乗っけていたかよ」
『人質をとって逃げるだけの物ってことですね』
「まぁね、それと若いのをつれて逃げたのは行動が機敏で連れて行きやすい、だから奴らは逃げるんじゃなくて上陸するつもりね。それと赤ちゃんを連れて行ったのは衝撃に強くて、持ち運びやすくて文句は言わない、逃げ出さない最上級の人質だからよ。そんなの考えられるのプロの誘拐集団か、それに類する奴らね」
『3課の方に連絡はしないんですか?』
たくやの額に怒り筋ができる。
「よ〜よ〜ぎ〜く〜ん、単純なかけ算なのよ。あいつらを使うと3とか4の戦力に0.6を掛けるみたいなもんなの。だから一切連絡はしないで、通常業務をやらせておきなさい」
『了解』
「それと、2課の隊員を工事区間とトラコの方に配置して」

シーン3:

「!」
奴らが見えた、潜水艇から何かを引き上げている最中である。港湾内で上陸することはないだろうと予測し、工事区間へ向かったのが的中した。荷物を引き上げているのは工事のつなぎを着た連中だ。
(なんてこと、オリポ内にも仲間がいたなんて)
「・・・・・!!」
連中もこちらに気づいたらしい。
パス! パス!
ガス抜け音が響く、サイレンサー付きの銃だ。銃弾は水を弾き小さな水音と水柱をあげる、たくやは姿勢を低くしながら距離を詰めていく。
バリッ!
銃弾が海上バギーのフロントルーフを砕く。その時陸上の何かが煙を吐いた。
(ATR11!?)
赤外線追尾式無反動ロケットランチャー、重装歩兵の武装である。この武器の出現で戦争における主力戦車の地位が下がったというすぐれものではあるが、今のたくやにはメギドの炎以上にやっかいな代物でしかない。
「それは絶対反則だ!」
たくや恨み言をいいながら海上バギーを捨てて海へ飛び込んだ。
派手な轟音を立ててバギーが炎上する、たくやは海中に落ちてくる元海上バギーだった部品でそれを確認した。海面は小銃のものだろう水しぶきが立っている。海中をたくやは擬装用の赤インクを握りつぶし、奴らの潜水艇の底に回り込んだ。観光用の潜水艇を改造したらしい、窓さえも真っ黒に塗られ中の様子も分からない。
たくやは潜水艇の船底にある海中作業用の空気弁を引っこ抜き直接口を付けて酸欠になった身体に酸素を送り込んだ、潜水艇に耳をつけると人の声が聞こえる。たくやは眼鏡をベストのポケットにしまい、岸壁間際に一回浮上した。
「よし、ブツは降ろし終わったな。はやくこれを沈めて荷主に渡してずらかるぞ!」
やつらの話が本当なら、中にいるのは人質だ。たくやが考える以上に相手はプロだった。
(人質の救出に人手を割かせるつもりか)
この辺りは湾としては機能していない、それ故に海面下は複雑に入り組んでいる。救助艇がきても救助艇の種類を選ぶ場所だった。
(どっちを優先する、考えろたくや)
「トライデントコーポレーション警備部第3課だ! 全員身柄を拘束する、抵抗せず武装を解除しろ!!」
言うと同時に潜水艇を足場にして一気に飛び上がり丘に上陸する。
虚をつかれた形にはなったが出来た隙はほんの数秒、たくやはベストを投げるとそのベストは空中で細切れになった。
やくやの両手の黒い手袋のむき出しの中指にはベストに付いていた指輪が光っている。
「殺すな、死体は面倒だ、その女も人質にするんだ!」
リーダーらしい男の声に銃を構えた男達が銃口を少し下げた。
「遅い!」
たくやが左にステップし銃弾を避けると同時に一番近くにいた男の足にを何かがすくい上げた。
「気を付けろ、糸使いだ!」
(さすが、状況判断が速い)
たくやが伸身のバック転をしながら左手を後ろに引くともう一人の男の右腕が背中の方に折れ曲がる。首にも糸がからみつきそのまま失神してしまった、俗に言う『落ちた』というやつだ。
たくやは銃弾をかわしているうちに必然的に後ろへ後ろへと下がらされた。
「よし、そこまでだ!」
後ろにいたのは奴らの仲間だった、銃口がたくやの後頭部にある。
「動くな少しでも動けば死ぬぞ!」
たくやは相手の言うとおりピクリとも動かない。
前からは銃を構えたままの男達3人、後ろに1人。
「降参、降参。ところで聞きたいことがある」
「しゃべるな、しゃべると撃つぞ!」
男の忠告にも耳を貸さずたくやは言葉を続ける。
「あんたも、飛んでる矢は止まってるっていうクチかい?」
たくやの声に男がトリガーにかかった指に力を込める。
!!
しかし彼の銃にトリガーは無かった、足下を見るとその部品だったらしい物が切られ落ちている。
「だから聞いただろう? 飛んでる矢は止まっているってクチかいって」
たくやは後ろの男の膝に踵を叩き込むと、痛さの余りしゃがみ込んだ男の肩を掴んで後ろに回り込んだ。そのまま後ろ向きになり思い切り自分の前で腕を交差する。
ギィン!
何かが鈍い音を立てると男達は見えない糸に捕縛されていた。
「物を見るのに点でみちゃいけない、注意深く集中したが故の盲目それが私の罠」
たくやが右手の中指に力を込めると、さらに糸がきつく締まる。
「私の話は終わり、今度はこちらが話を聞かせて貰う番ね。ああ、もちろん簡単には聞かせて貰えないんでしょ? 判ってるから。だからわたしがこれから何をするか『勿論判ってるわよね?』」

15分後。
「やあ、君たち大丈夫かい?」
潜水艇から人質4人が見つかり確保された、警備部2課がその救助にあたる。

「ごめんね、もっと早く助けてあげられればよかったんだけど。なにせ人手不足でね」
「いえみんな無事でしたし」
「ごめん、確認のために名前だけいいかな?」
「一体何がどうなってるんだか判らないが、俺は孤高雄輝だトライデントUNの今年から学生になる」
「わたしは滝 智己です、孤高さんと同じく今年から大学に通います」
「俺はダイソン、ダイソン・ベントス」
「……スセリ……シンクレア……現状の説明を希望……します」
「はい、結構です。簡単に説明しますと君たちは誘拐されました。誘拐犯の組織名などは不明です。目的も不明です」
「説明になっていません」
張りのある声、そして笑顔で言い返したのは滝だった。
「まぁ、そうですよね。でも本当にこちらで掴んでいるのは以上なんです、捜査途中でして」
「しかたないさ、知ってても俺達には知らされない。まぁ大学生やる前に命があっただけめっけもんだったってことだな」
ダイソンが笑う。
「でも……孤高……さん……、相手一人……のしちゃったから……、恨まれてる……かも……」
ダイソンと一緒に笑っていた孤高の笑いが一瞬止まる。
「まぁまた襲われても俺の腕でまた倒すのみさ」
「みなさん元気そうで何よりです、それではコーヒーでも飲んでもらった後に12時間ほど監視下に置かれますがそのあとはご自宅に帰っていただいて貰う予定です。ちゃんとご自宅までお送りさせていただきますから、リムジンとはいきませんけどね。どうしたんですか、みなさん……、ああ大丈夫ですよコーヒーには何も入れてませんし、コーヒーの成分以外は入ってませんから」
男はニッコリと笑った。

話は10分前に戻る。
尋問には非常に協力的だった。
と、後日の報告書には有ったが人権保護管理官は、彼らの右足の太股内側にあった針が刺されたような痕について説明を求めてきたが深くは追求されなかった。
(間に合うか?)
彼らの情報が正しいか、それは判らない。
でも輸送用に用意した電動バンの荷台には大量の武器と弾薬と4本のタイヤ。
誰かが、このオリュンポスで戦争をしようとしている。
(私があの人から託された町を壊そうとしているバカがいる、絶対に止めてやる!)
たくやは3mも有ろうかという塀の前で軽くジャンプをするとベビーロールの要領で飛び越えていく。ワイヤーを巧みに使ってもともと高い体術を組み合わせもう一つの現場への近道を探す。
『御徒町課長!』
「代々木君!?」
『よかった繋がりましたね、もう一隻が見つかりました西開発地区です』
(情報が正しかった? プロじゃなかったのか??)
『警備プランBとCVが発動されました』
「!?」
プランBは全員がその事件に対して動員される事をさす暗号、CVは最上級優先事由であるが発動はトライデントコーポレーションの最高責任者だけが出来る。外部からの不特定の敵に対して島民の財産・生命を守るために発動される……いうなれば自治を守る為の戦争だ。
「発動者の確認は!? 冗談だろ!??」
『確認していますが、上からというのは正しい様です』
(何かに踊らされている、この嫌な感じはあのときと同じだ。何がある、この裏になにが?)
『それと第3課の職員全員と連絡が取れません』
「あんだって? ……全員その場で待機、確認が取れるまで絶対に動くなよ」
(私が独断専行したって事になれば、誰かの罠でも被害は最小限に済む)
『無茶はしないでくださいよ』
「……了解、通信切るよ。暗号変換ないからこのレシーバー」
『了解』

シーン4:

たくやが到着したのは輸入食料品の倉庫だった。
人の気配は無い。
素早く倉庫の中にはいると物陰に隠れるとたくやは目を閉じた。
呼吸を止める、皮膚の感覚も止める、味覚も止めた。
(みつけた)
たくやは目を開けると注意深く、その呼吸目指して近づく。
そっと近づきその呼吸が女の子であることを確認する。
(人質か?)
後ろからたくやが女の子の口を塞ぐ。
「(助けに来た、静かにしてくれ奴らに気づかれる)」
「(……)」
たくやの耳元でのささやきに女の子は静かに頷く。
「(名前は?)」
「(輝月王里です)」
「おっけ」
たくやが手を離すと王里は深く深呼吸する。
「奴らは何人いる?」
「隣の倉庫にえっと7人です、私は逃げられたんですけどここで隠れているしかなくて」
「わかった、いまから外まで誘導するから出たらすぐに左に走って逃げろ」
「あ、はい」
たくやは当たりを伺うが他の気配は一切無い、おとりに投げた10円玉にもなにも反応がない。
「いいかい? 私が合図したら走るんだよ」

ギリリッ!

にぶい金属音が倉庫に響く。
それは、たくやの糸とナイフが奏でる音。
ナイフを握っていたのは輝月王里であり、その切っ先はたくやの背中にあとわずかのところで止まっている。
「なんで分かった?」
王里の苦々しい声にたくやが答える。
「不自然すぎるからさ、私が考えるにやつらは相当なプロだ。そんなプロが娘一人逃がしてのほほんと何もしないわけがない、これが1つ。呼吸に焦りがない、普通の女の子ならこんな状況じゃそんなに落ち着いた呼吸は出来ない、これが2つ。それと足の外側から接地する足運び、足音をさせないためにする基本術だが軍隊だの警察関係者じゃなきゃそんな足さばきはしない、これが3つ。不自然が許されるのは2つまでだ。だから『それが自然』だとしたら答えは1つしかない。あいつらの仲間で、来た調査員を足止めする役割か警報機代わり、あんたは私が一人だけだって分かったから始末する方を選んだみたいだけどね」
「……おしゃべりが多すぎるわよ、御徒町さん」
「動かない方がいいよ、あんたの首にもうすでに私の腕が絡みついているんだから」
王里の首にかかった糸が少し締まる。
「ふぅ、降参降参。あたしはこの件から手を引くわ」
「あら?」
「私はタダの雇われだから、自分より上の実力者と闘う気は無いし」
「その顔も造り物なんでしょ?」
「正解、あ〜あ仕事の完遂率だけがウリだったのにな」
たくやが首の糸を緩める。
「本格的に参ったわ、糸緩めた振りしてこの私の身体にあと5箇所もすでに糸を絡めてるなんて。大丈夫よ、約束は必ず守るしそれができないと生きていけない世界なんだから」
「あんたの名前は?」
「裏世界だと『セヴンエメラルド』って呼ばれてる。またあえるといいね御徒町さん」
そう彼女は言うと手に持ったナイフで鮮やかに目に見えない糸を断ち切っていく。
「それじゃ、お仕事ガンバってね」
セヴンエメラルドはそういうと木箱を跳び上がっていく。
「あ、まった」
たくやが左手の糸を引くと、セヴンエメラルドは木箱から足を踏み外し派手に顔を床にぶつける。
「いったぁああああいい!」
「あのさ」
「人を呼び止めるならもっとマシな止め方しなさいよ!」
セヴンエメラルドが集中しても見つからなかった糸が1本右足に絡みついていた。
「見逃す代わりに欲しい物があるんだけど」
「なによ、雇い主の事なら話さないわよ」
「そんなことはどうでもいいんだわ」
「へ?」
「そんな小さいことはどうでもいいの」
「はぁ?」
「見逃す代わりに、コッチの世界に来ない? 優秀な人材が不足しててね」
「何言ってるかわかってるの?」
「十分。少なくとも今より危険が少なくて稼ぎの割合がそこそこいい訳だから」
「私の実力なら裏の世界でも危険性は少ないわよ」
「そう? 私がいまからあなたの素顔を世界に発信しても安全なの?」
「あたしのこの顔は造り物なの!」
「そう? 最近の造り物ってぶつけたところがちゃんと赤く腫れるんだっけ?」
「…………オニ…………」

シーン5:

「やぁ、御徒町君」
倉庫の中は真っ暗だった、隣の倉庫での出来事は全部見られているはずだ、もう隠れても意味がない。相手の声もロボットのような声、ボイスチェンジャーだろう。しかも話をしている本人とは別の方からスピーカーで話しているに違いない。
ピシャッ!
たくやの踏み込んだ足に水たまりがある、油臭はしない、ただの水だ。
たくやにとって水場やぬかるみは得意としない場所だ、体術は足下の不安定さに殺される。
「君の武器の糸は前の動きが決まっている、糸はそもそも自由に舞う訳じゃない。下から上に向かう運動がなければ絡め取る事も罠を張ることも出来ない。もっと大切なのは次だ。戦いの最中、糸の動きさえ分かってしまえば恐れることが何もないということだ」
シュンシュン!
たくやの指から伸びた糸は水たまりを切っていく。
「無駄だ」
そう男の声が聞こえた瞬間、大きな音が倉庫に響く。
大きな水しぶきがたくやにむかって一直線に伸びる。
(ちっ!)
たくやは身を隠すために木箱の裏に移動する。
(なによあれ、12.6mm!?)
タイヤのないMBに積まれた機銃により、木箱が悲鳴を上げて簡単に粉砕される。
たくやは足場の悪い床よりも木箱の積まれた山の上に移動する。
その間にも無差別に木箱が撃たれていく。
頂上に当たる部分に足をかけようとした瞬間、たくやはわざと足を踏み外す。手榴弾に紐が取り付けられそこに足をかけると吹っ飛ぶブビートラップだった。
次の瞬間、一番下の木箱が爆発した。大量に積まれた木箱がたくやと共に崩れ落ちる。
(着地、ヤバイ!)
ここまでが全て敵の罠ならばたくやの着地点にはすでに照準が合っているに違いない。
次の瞬間、たくやはたくや同様に空中に放り出された木箱を蹴ると落下の方向をわずかに変えた。しかし体制は頭から真っ逆さまになってしまう。
「うがああ!」
着地を左手一本で支える、その手の左側で水しぶきが上がる。
「素晴らしい、素晴らしい!! まさかそんな回避方法があったとは! 私のトリプルトラップを避けるなんて初めての人間だよ!」
反動で別の木箱の裏に隠れる、しかしたくやの左手は肩から先に激しい痛みを訴え、動かなくなっていた。軽くても脱臼か骨折しているだろう。髪を留めていたシニヨンも取れてセミロングの黒い髪の毛が汗と泥にまみれた顔に張り付く。
「もうそれでは戦えまい、降伏して出てくるなら人質として丁重にお迎えしよう、どうかな御徒町くん」
たくやは荒く深呼吸すると意を決して敵の前に出る。
降伏の印として指輪を捨てる。
「でも君は人質にするには非常に危険だ、わたしの部下ならきっと優秀な傭兵になれただろうね」
ヘッドフォンをつけた黒マスクの男、声はボイスチェンジャーで変わっている。
男は拳銃を握りしめると力を込める。
「降伏するのはお前たちさ……」
たくやは右手を思い切り引っ張る、握りしめられた右手から血が噴き出すと一つの木箱が飛び上がりMB向かって落ちる。
たくやの右手には糸が握りしめられていた。先ほど頂上にあったブービートラップを繋いだ糸だった。糸がたくやの右手にめり込み皮膚を切り裂いていく、派手な爆発音とともに機銃がバラバラになる、爆風に飛ばされた木片等で男達も全員倒れた。

「そこまでだ、全員動くな!」
シティカモの銃を構えた男達がなだれ込んでくる、そして要領よく犯人達を逮捕していく。
「御徒町か、貴様のせいでトライデントコーポレーションを狙ったテロ集団の親玉を逃がしてしまった、この責任はとってもらうからな」
そう言って最後に入ってきたデブは警備部の敵、保安部本部長の安西だった。
「全員連行しろ! ああそうだ御徒町、この件は他言無用だ私は功名心というものがないからな、それよりもトライデントコーポレーションにあだなす輩がいるという事実が我が会社に与える風評は多大だろう。貴様の捜査妨害と今回の件を相殺してやろう有り難く思え」
たくやは動く気力も無く残った木箱を背中に座っていた。
その時だ、本部長とテロリストが顔を見合わせて『笑った』。

「……まてよ、デブ」

たくやの声に安西が振り向く。
「ようやく繋がった、今回のこの事件、あんたが首謀者だな」
「何を証拠にいっているんだ、この役立たずの警備課長は」
「あんたは2つのシナリオを用意した、武器の密輸入がまず一つ。これは失敗した、だから2つ目のシナリオへ変更した。それはここで警備部とテロリストを戦闘させることだ、偽のCV指令を出してね。多分出したのは反社長派の専務共だろうね、その不祥事を盾に警備部の株を下げれば必然的に保安部の株は上がるって訳だ。これも失敗した、私が一人しか来なかったからね。だからあんたはここが社内でもないのにしゃしゃり出てきた、しかも『目撃者が殺されるか、奴らが失敗するかを見極めて絶妙のタイミングで』だ。街中でテロ活動が活発になれば民間警察でも武器を持たない警備部も手が出せない、そうすれば保安部第3課の出番だ、社内唯一の戦闘集団、トライデントコーポレーション内部だけに限られた保安活動が外に出るという前例が作れる、あんたの社内発言権はさぞかし上がることだろうね」
「だからなんだ? このバカ女め、黙っていればいいものを。おい! このバカ女も連れて行け、明日には交通事故にでも遭ってもらおう」
「だから、あんたはいつまでたっても部長止まりなんだよ。そんなコトしたらただ認めているだけじゃないか」
次の瞬間、動けないたくやの腹に安西の靴がめり込む。
しかしたくやは悲鳴もうめき声も上げない。

シュッ!
「……まてよ、デブ」
安西の右頬を風切り音が走る、頬から血がしたたる。
「ウチの課長にひどいことしてくれるじゃない、デブ部長が」
ボウガンを担いだ男が現れる、いつのまにか保安部全員が囲まれていた。
いつのまにか安西の後ろに立っていた男が声をかける。
「俺らの御徒町課長にこんなコトしてなかったか? このデブ」
ガッ!!
安西の脇腹にジャングルブーツのつま先が突き刺さり派手に吹き飛ぶ。
「ずいぶんと落ちたもんだな、安西」
「島津! 何で貴様が?」
「……部長?」
御徒町がかすれた声で訊ねる。
「元部長だよ、たくや」
「……それに3課のみんな?」
「はぃ、役立たずの愚連隊、3課社員ですよ。御徒町課長」
「たくや話は少し後にしよう、だれか応急処置を」
「了解、御徒町課長。いまからあなたの左腕に塩酸モルヒネを筋肉注射します、痛みが治まる効果がありますが、激しい眠気と呼吸抑制の危険性があります……」
「頼む」
「了解」
注射後しばらくするとゆっくりとたくやは寝息をたて始めた。

シーン6:

「ひどいもんです、みんなで見てたなんて。しかも3課全員が部長の警視庁時代の部下で私たちに一切説明もなし」
病院でたくやは点滴を2本うったあと左腕にギプスを巻かれて出てきた。
最新鋭の電動車に乗り込むと振動にすこし顔をゆがめる。
「痛むか?」
「少しだけ」
「色々と黙っていたことについては私が謝ろう、社長は安西と保安部3課の計画を知っていた。しかし反社長派の連中の反発が大きくて手を出せなかった。ようやく武器を密輸してオリュンポスでのテロ活動と……これはたくやが言ったとおりだ、の事実が分かった。それから私は計画的に左遷した、保安部連中が動きやすいように、そして秘密裏に3課に人材を集めて諜報活動を開始したんだ。そして今日、警備部第1課の一人に密輸の情報をリークしたんだ」
「代々木君ですね」
「ああ、偽のCV指令を出したのは反社長派の専務だった、直接動くとは思わなかったからこれは棚ぼただったけどな。今後保安部は解体されて再編される、荷担した反社長派は粛正を受ける。私と社長の3年越しのプランだったんだ、たくやなら任せられると思ったんだ、本当に優秀な元部下だよ」
「島津部長のおしこみですから」
(私は、ずっとあなただけの部下なのに)
「部長じゃないよ、いまじゃ左遷されて学校の事務長さんさ。まぁたくやが思っているとおり社長直属の社員もついでにやってるけどね、ああこれ内緒だぞ、守秘義務違反で逮捕されてしまう」
「分かってます、あなたはず〜っとそういう人でした。人の上に立つよりも裏でゴソゴソ内緒でなんかしていることが好きな人でした」
「あはは非道いな、でも私の意思は君が受け継いでくれている」
「なんですっけ?」
(そうよ、あなたが守れと命令した街だから、貴方との約束だから私は守り続けてるんです)
「おいおい、忘れたのか。まぁいいか、人に自分の理想を押しつけるのもいけないからな」
(忘れるわけないじゃない、貴方と私の唯一の絆なんだから)
「たくや、髪の毛の色が変わってきてるぞ」
「昨日泊まりだったから、ヘアカラー固定用の処理をしてないんです。コンタクトも多分もう溶けちゃうでしょうね」
たくやの髪の毛から色が抜けて、真っ白になる。瞳もブラウンではなく紅い色をしている。
「相変わらず綺麗な髪の毛と瞳だな」
「部長くらいです、ただのアルビノをそう言ってくれるのは」
「だったら、隠す必要はないだろう。こんなに綺麗なのに」
「本当の自分は他の人の前じゃ見せられないから、この仕事をやっている以上はね」
(私の本当の姿を知っているのは両親の他には貴方だけなんですよ)
少し電動車の窓を開ける。
風に髪が流れ、暗闇の中のわずかな光に反射する。
「ああ、そうだ本土から巧がきたんだ、13になって大きくなったぞ、今度会ってやってくれ。あいつ相変わらず君に惚れているらしい」
(なんで好きな人に想いが伝わらなくて、その息子に惚れられるんだか)
「部長はまだ奥さん貰わないんですか?」
「ああ、やっぱし明日香の事は一生忘れられないからな」
「わたしなんかいかがですか?」
「あはは、たくやの事は大切な娘みたいに思ってるよ」
(くっそ〜。やっぱり、まだそのレベルか)
御徒町たくや27歳、島津孝弘38歳。
大晦日まであと4年、好きな人の相手は無くなった元上司の奥さん。
なかなか手強い相手だ。

シーン7:

数日後警備部に一人の女の子がやってきた。
輝月王里は3課の人間に助け出された、その責任者であるたくやにお礼を言いに来たのだ。
「別に私は私の職務を果たしただけよ」
「でも一生懸命戦ってくれたんだろ、ボクたちのために」
「結果的にはそうだけど、私は、私のために戦ったのかもしれない」
「どうやったらそんなに強くなれるんですか、ボクも強くなりたいんです」
「大と小、どちらか選ばなきゃいけないとき。輝月さんならどうする?」
「?」
「小を殺して大を取るくらいなら、私は両方取る方法を考えるわね」
「?」
「自分の出来ることを考える、自分を過小評価してダメだと思いこまない。モーガンの試行錯誤でもいい、あなたの人生の全ての経験があらゆる場面で役に立つ。それが苦しい記憶だろうが正しく無かったときの記憶だろうが、ね」
「はぁ?」
たくやの言葉は抽象的で断片的で王里の理解を超えていた。
「最後に私が言えることは」
たくやがため息を付く。
「適齢期で結婚したければ、恋人は自分の年齢のプラスマイナス4歳以内までにしときなさいよ」
事を知っている3課の職員が大笑いした。


FIN

次回予告:
セヴンエメラルドこと七瀬真美が警備部3課に配属、たくやに辞令がおりて警備部長に昇進、そんなとき七瀬が3課課長に立候補した。問答無用の美少女(元)傭兵が第3課に嵐を巻き起こす。
「あたしがずぇええったい課長なんだから!」
お楽しみに。


特別付録:警備部部署表

<警備部>
警備部-総合警備部-警備第一課>課長:代々木大介 以下21名 海上警備課
警備第二課>課長:御厨久志 以下15名 海上事故調査・大型船舶課
警備第三課>課長:御徒町たくや 以下12名 広域警備課
警備部長:波瀬四郎
警備部の管轄はオリュンポス全島とロスジャルディン島の沿岸である。
第1課は湾岸内部入港の船舶を誘導する役割があり、海上交通の整理員である。
第2課は船舶事故のレスキューや大型船舶停留の際のタグなどをする部署。
第3課は海上を含め内地部の警備、また1課2課のバックアップにあたる。また新人研修課でもあり毎年10数名の新人がこの課で研修を受ける(中途採用も同様)。

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