シーン1:

「これからどうします、先生?」
滝智巳(たき・ともみ)が周囲を警戒しながら小声で尋ねた。
「副社長たちは本気でここを制圧したようだな。とすれば、俺たち三人では何をどうすることも難しい。戦力差がありすぎる」
「何とか外部と連絡が取れればいいんですけど……」
「他に出口はないのですカ?」
腕を組み考え込む早瀬恭平(はやせ・きょうへい)に、グエン・ホー・ズアン(-・-・-)が尋ねた。
ちなみに三人がいるのはロス=ジャルディン島地下深くにある、先史文明の遺跡である。
何かと噂の海藤瑠璃(かいとう・るり)一行を追って遺跡に入ったまではよかったものの、瑠璃たちは三人の目の前で副社長たちに捕らえられ、そのまま軟禁されてしまったのだ。
「私たちだけで瑠璃さんたちを助けることが難しいならば、外に救援を求めるしかありません」
「そうだな……」早瀬は背嚢を床に降ろすと、その中をゴソゴソと漁りはじめた。「瑠璃が封印を解いたとすれば、この遺跡に至る出入口は全て開放されていると考えていい。とすれば……」
早瀬は一枚の地図を探し出すと、ペンライトを向けた。
「今、俺たちがいるのがこの一角」早瀬の指が地図をなぞる。「ここの作業用ゲートを使えば、奴らに気づかれずに外に出ることが出来るはずだ」

「必ず助けを呼んできますから、先生たちは瑠璃さんらとなんとかして連絡が取れるよう頑張って下さい!」
智巳はそういい残すと、暗闇の海中へと消えていった。
残されたのは早瀬とグエン。
「さて、俺たちも行こうか」
「これからドーするですカ?」
遺跡の奥へと向かおうとする早瀬を、グエンが呼び止めた。
「ま、取りあえずはあいつらが捕まっているところの様子を探ることだな。とはいえ、大した武器を持っているわけでなし。荒事だけは避けたいもんだが……」
「一つ提案があるネ」
「何だ?」
「ボクはこの遺跡の中をもっと調べたいネ。こんなチャンス、めったにナイヨ」

シーン2:

その頃、瑠璃たち一行は海底遺跡の一室に閉じこめられていた。
「あそこの監視カメラに布か何かを被せるだろ、そうすれば異常に思った連中が来るはずだ」
「そこを一発殴ると」
部屋の片隅でコソコソと密談を交わしているのは、梅成功(めい・ちぇごん)と瀬名しぶき(せな・-)。
「その時には、これを使って下さい」
二人の話を聞きつけ、宵闇浮月(よいやみ・ふつき)が指輪を差し出す。
「これは?」
「ここから極細ワイヤーが出ます。人を切る位は簡単です」
「こんなものをどこで?」
しぶきは指輪をいじりながら尋ねた。
「私の一族は暗器の使い手なのです」浮月が答える。「実際に使ったことはありませんが、色々と武器になるようなモノは常に持ち歩いています」
「他にも何か持ってるの?」
「あとは……」
まるで手品のように、小型のナイフやカミソリ、他に使い道の分からない道具が出てくる。
「こりゃ凄いな」
目を丸くする一同。
浮月は少し顔を赤くすると、監視カメラに映らないように武器を配った。
「さて、いっちょぶちかましますか」

盛り上がるしぶきらを、八ヶ岳恵美(やつがだけ・えみ)は冷ややかな目で見つめていた。
(今、ここで騒いだからと言っても、状態は悪くなるだけだ。それよりも、何とか副社長派と連絡を取って、遺跡の中心部に入り込まないと……)
横で寝ている瑠璃に視線を移す。
(彼女ならば、エテルナと意志疎通出来るだろうが……)

「瑠璃さん、瑠璃さん……」
瑠璃は肩を揺すられ目を覚ました。
「ん、なんや一体?」
咲コーヘー(さき・-)の顔が目の前にあった。口に指を当て、『しずかに』の合図をしている。
「もうすぐしぶきさんらが暴動を起こします。その隙に脱出しましょう」
聞き取れるか取れないかの小さな声でコーヘーがささやく。
「な、なんや……むぐむぐ」
「……静かにして下さい」
口をふさがれる瑠璃。
「それにしても、いきなりやんか。勝算あるんかいな?」
「浮月さんが武器を持っていました。それでなんとかなるとしぶきさんらは踏んでいます」
「ほんまに大丈夫……」
不安げにしぶきを見る瑠璃。
その時、柏木竜一(かしわぎ・りゅういち)に肩車されたしぶきは、ハンカチを監視カメラに被せようとしていた。
「これで、誰かが様子を見に来るはず」
肩車から降りると、しぶきは不敵に笑った。
「さあみんな、扉の影に隠れるんだ」
成功の指示で、一同は扉の両脇に固まり息を潜めた。手にした武器に力が籠もる。
「本当に来るんでしょうね……」
「大丈夫だって、あたしを信じなさい」
「しっ、黙って!」
電子ロックが開錠される。そして扉が開いた。
警備員が中に入ってくる。
「いまだ!」
成功がタックルを咬まし、警備員を壁に叩きつける。
倒れ込んだ警備員の首筋に、しぶきがナイフを突きつけた。
「あんたらが何しようとしてるかは分かんないけどさ、とにかくむかつくんだよ」
もがいていた警備員が大人しくなった。
「さ、あたしらをあの副社長のところに案内して貰おうか」
「残念ながら、それは出来ない相談だな」
後ろから声が掛けられる。
しぶきが振り向くと、そこには短銃を構えた警備員が並んで立っていた。
鈍い金属音と共に、銃に初弾が装填される。
「我々は君たちを傷つけるつもりはない。さあ、そこの彼を放して貰おうか」
「撃つなら撃ってみろ。あたいの血にはあの何とかってウィルスがあるんだ。あたいを撃てばウィルスが飛び散る。それでもいいか?!」
だが、警備員たちは臆した様子もなく、冷静に銃口を向け続ける。
「でいやぁ!」
その時、物陰に隠れていた成功が警備員に襲いかかった。
「なにっ!?」
不意をつかれた警備員が態勢を崩す。それを見た浮月とコーヘー、そして竜一が一斉に飛びかかろうとしたとき、銃声が響いた。
一瞬、時間が凍る。
しぶきは、目の前で瑠璃の肩を銃弾が貫くところを見た。
「瑠璃ぃいいいいい!」

「弾は外に出ています。しかし、緊急の治療が必要です」
恵美が鞄から三角巾を取り出すと、瑠璃の肩に巻き付ける。
あふれ出る血が、三角巾を赤く染めていく。
しぶきたちは、それをただ呆然と眺めるしかなかった。
「……さぁ、こっちに」
戻ってきた警備員が、瑠璃を担架に載せるよう指示する。瑠璃を担架に載せた恵美が言った。
「私も同行します。救急士の資格を持っていますので」
「分かった」
警備員に見守られ、二人が部屋の外に出る。
そして扉は固く閉められた。

シーン3:

ロス=ジャルディン島近くの洋上。
越ノ寒梅はブラウン運動板を引き上げ、波間を漂っていた。
「中から誰か出てきた様子はあるか?」
「……いいえ、さっきから見えるのは、なにかの機材を運んでる貨物船ばかりで」
神原愛(かんばら・あい)が双眼鏡を構えながら答える。
「連中が潜っていって早4日。やはり全員あんたを除いて全員が捕まったと見て間違いないな……」
「だから早く助けに行かないと!」
辛くも脱出してきた智巳が、口を尖らせて抗議した。
「今、あの中では副社長の陰謀が刻一刻と進んでいるんですよ」
「まあ落ち着け」
智巳の横で水中銃をいじりながら、片桐詠二(かたぎり・えいじ)が言った。
「助けに行きたいのは山々だが、何分準備が足りなさすぎる。夏川とか鈴木とかがあちこちで資材と協力者を集めている」
「それに今、私たちはあまり大学の中を歩けませんし……」
遠野秋桜が大学中に彼らのリストをばらまいたために、一種のお尋ね者状態になっているのだ。
「魔女狩り見たいになってないだけ、まだマシじゃがの」
大須賀教授が髭をしごきながら、トライデントUNを見た。
その姿は、いつもと変わらず陽の光を浴びて輝いていた。

シーン4:

「……醒めない悪夢ほどたちの悪いモノはないな」
遺跡の中心部にあるドームに入った恵美は、目の前の光景を見てそう呟いた。
「どないしたん?」
隣に立つ瑠璃が尋ねる。
「いいえ、なんでもありません。それよりも傷は大丈夫ですか?」
「あ、ああ。うん。もう大丈夫みたい」
怪我をした肩を押さえる瑠璃。
「あなたの応急手当のお陰やね」
「どういたしまして」
恵美は軽く頭を下げると、再びドームの中央に視線を向けた。
そこには巨大な水槽と、怪しげな機械が多数据え付けられている。
「あの中心にいるの、エテルナみたいやな」
巨大な水槽の中に、人魚の姿が見えた。
(……彼女がいなくなりさえすれば、この茶番劇も終わる)
「副社長がお会いになるそうだ。こっちへ来い」
彼女たちを見張っている警備員が、二人を手招きした。
「さ、いこか」

二人が連れてこられたのは、中央部のドームの端、一段高くなっているところだった。
周りには多数の機械が据え付けられ、コードがここに向かって這いうねっている。
「どうやら、これが親玉の機械みたいやな」
瑠璃の言葉に恵美も肯いた。
「おやおや、三人目のお客さんですか」
忙しそうに打ち合わせをしていた女性が、二人の姿を認めると近づいてくる。
「我々の仲間になってくれるのですか?」
「別にそういう訳やあらへん。ただ、ちょっと話がしたいと思ってな」
「話とは?」
「あいつをぶっ飛ばしたいのはやまやまやけど、うちのおとんの話とか、あの人魚の話とか、あいつにはいろいろ聞きたいことがあるんや」
「いいでしょう」
しばしの沈黙の後、女性は道を譲った。
「あの方はそこにいらっしゃるわ」
「ありがとう。遠野先輩」

「あんた、なんでこんなところに」
トライデントCo副社長、御陵基春(みささぎ・もとはる)の隣に立っていたのは、意外な人物だった。
「スセリ……さん、だったっけ?」
「はい」
スセリ・シンクレア(-・-)が頭を下げる。
瑠璃は直接会ったことはなかったはずだが、寒梅グループとの話の中では何度か話題にのぼっていたことを思い出す。
「どうしてここに?」
「遠野先輩に頼んで、ここまで連れてきて貰ったんです」
「どうして?」
「彼女は私たちに協力してくれるそうだ」
御陵が言った。
「あなた達を信用したわけではありません。ただ、このままではいけないと思い、ここに来ました」
「図らずとも、過1/α波の適性を持つ者が現れた。本当は君にお願いしようと考えていたのだがね……。だがこれで、『計画』を実行に移すことが出来る」
「どういうことやねん!?」
「長年の研究の結果、MVは過1/α波によって抑制されることが分かったのさ。過1/α波の適性を持つ人間が集まり、世界にこれを発信することが出来れば、MVのキャリアとなっても生きていける。不老不死の体を持ってね」
御陵はドームに広がる機械を指さした。
「あれが過1/α波の増幅装置だ。エテルナとスセリ、二人の過1/α波を増幅し発信する。これで人類の未来は救われるんだ」
「何百人も殺しておいて、よく言う……」
「でもこのまま放って置いたら、90億人が死ぬことになるんだよ。それに比べたら遙かに人道的だと思うけどね。それに君の友達の瀬名君だったっけ? 彼女もこれで助かるんだよ」
「それはどういうことやねん?」
食ってかかる瑠璃をいなす御陵。
「彼女はMVに対し、不完全な適合しか示していない。すでに体のあちこちで拒否反応が起こっているはずだ。このままだと、恐らく数ヶ月もしない内に死に至る」
「うそやろ……」
恵美を見る。
「残念ながら……」
「さて、どうするかね。過去の恩讐に囚われ、今目の前の悲劇を招くか、それとも私たちとともに未来を作るか」
御陵は手をさしのべる。
「決めるのは君だよ。海藤瑠璃」

シーン5:

日本防衛海軍の動きは迅速だった。
アメリカよりも早くトライデントUNに上陸すると、次々とトラコの関係施設を占有していく。
抵抗が考えられた自治警察も、日本防衛海軍の攻撃に一切反撃することなく次々と投降していく。
一部の傭兵が反撃を試みたが海上からのG9ファランクスの銃撃にあえなく降伏、逮捕された。
遺跡の方でも、問題解決後MVの情報を提供し日本での以後五百年間の情報凍結で協力体制を結んだ越ノ寒梅メンバーと共同の突入戦が始まった。
「準備はイイ?」
七瀬真美(ななせ・まみ)は、越ノ寒梅船上に並んだ一同を見回した。
片桐詠二、神原愛、滝智巳らに加え、夏川幹(なつかわ・みき)、鈴木香津美(すずき・かつみ)らの姿が見える。
「マミリンと一緒にドッキュンしにいくのは、詠くんたちねぇ。あそこのおじちゃんたちが無駄弾ばらまいている間に、忍び込んじゃうんだから☆」
真美の視線の先には、日本防衛海軍の護衛艦の姿が。
「それじゃ、大須賀センセイ、行ってきますぅ♪」
真美に続き、次々と海中に躍り込む。
蓼島たちは彼らの成功を祈った。

シーン6:

「うっ、うううううう」
しぶきは突然崩れるように床に倒れた。
「しぶきさん!」
「だ……大丈夫」
慌てて駆け寄るコーヘーたちを制しながら、しぶきは体を起こした。
「誰か、病人だ。誰か!」
成功が扉を叩く。だが、扉の外からは何の反応もない。
「くそっ!」
「本当に大丈夫ですか、しぶきさん?」
心配げに見守る浮月に、しぶきは肯く。
「ただの発作だよ。大丈夫、しばらくしたら落ち着く……」
脇に置かれた洗面台でハンカチを濡らすと、コーヘーはしぶきの額を拭った。
「あ、ああ、ありがとう」
「しかしだな、瑠璃や恵美の野郎も副社長の元に行ってしまったし、俺たちはこれからどうなるんだ?」
しぶきたちの様子を見ながら、成功が呟いた。
「……」
しぶきがなにか言いかけた瞬間、轟音と共に部屋が揺れた。
「な!」
思わず床に伏せる一同。
「何が起こったんだ?」
コーヘーが答える前に、再び部屋が揺れた。
そして突然、扉が開け放たれる。
「大丈夫デスカ?」
聞き覚えのある怪しげな日本語。
そこに立っていたのは、グエンであった。
「グエン、あんたどうしてここに!?」
「話は後だ。まずはここから脱出するぞ」
「先生!」
後ろから現れた早瀬が、一同を促す。
しぶきたちが部屋を出ると、そこには警備員が三人倒れていた。
「これって、先生たちが……」
「いや、これはあいつが」
早瀬の視線の先には、場所に全く似合わない服装をした女性が一人。
「さあさあ、早くしないと瑠璃ちゃんたちが危ないわよぉ」
そう言いながら真美は通路の奥に銃を向けると、短く一連射を加える。
「こっちよ、みんな」
反対方向で手招きをしているのは智巳だ。
「でえぃ、行くしかないか」
成功は頭を掻くと、意を決して走り出した。
「しぶきさん、僕たちも行きましょう」
コーヘーに促され、しぶきも後に続く。
「さてっと、それじゃあここは塞ぐとしましょ♪」
一人残された女性は、フレアスカートの裾から手榴弾を取り出すと、笑いながらピンを抜いた。
三秒数えて奥に放り投げる。
通路は爆発とともに崩れ落ちた。

シーン7-1:

「調子はどうだね、瑠璃君、スセリ君」
御陵はドームの中央に設けられた巨大な水槽を見上げると尋ねた。
「特に苦しくもなんともない。水の中やのになんでや?」
瑠璃は周りを見回した。透明な溶液越しに、エテルナとスセリの姿が見える。
「酸素飽和度を最大にまで高めた特殊な水だからだよ。この中では誰でも呼吸が出来る」
「へえ、なるほどなぁ」
「スセリ君はどうだね?」
「別に……」
「そうか」御陵は肯くと、横に立つ遠野に合図を送る。
「ただいまより過1/α波増幅実験を行います。準備はよろしいですか?」
遠野は全てのランプがグリーンになったのを確認すると、全員に告げた。
「実験開始!」

(る……瑠璃……さ……瑠璃さん……)
どこか遠くで声が聞こえる。
(……そう、私は海藤……海藤瑠璃……や)
意識が収縮する。
次の瞬間、瑠璃は宙に浮かんでいた。
(な、なんやのこれ?)
(精神を集中して下さい。気を抜くと、自分が自分でなくなります)
目の前で優しそうに微笑んでいるのはエテルナだ。
(これが、過1/α波の力なのですね)
(そうです、スセリ・シンクレア)
振り向くと、そこにはスセリの姿があった。
(精神を最大限に解放し、お互いを共感させる。あなた方が過1/α波と呼んでいるモノは、そのような力を持っています)
(そして同時に、MVを制御することが出来る……)
(はい)
エテルナが肯いた。

シーン7-2:

「よし、始めるぞ」
世良の声掛けに、その場にいた全員が頷く。
メインの電源を入れると、機械の中に電気という血液が通っていく音が聞こえる。
「波長クリア、その他コンディショングリーン」
谷保がスイッチを入れる。
「波長調整-0.008、スケルチスタート、ノイズ許容範囲内」
ウルリッヒの淡々とした声。
雅美が静かに目を閉じる。
次の瞬間だった。
「……!」
「どうした?」
「出力制御に異常」
「中止にする?」
「でも、増幅器の方は正常に動いてます」
鈴はキーボードを盛んに叩く。
「影響の範囲が……二乗倍で広がってる」
しんぱいしないで。
語りかけてきたのは雅美だった。
でも、声をだしていない。
直接響く声。
同じ増幅器がどこかで稼働したみたい。
その増幅器の近くにお姉ちゃんと同じ、スセリさんかな、いるみたい。
「変だ」
そうつぶやいたのは世良である。
過1/α送受信装置は、過1/α波を増幅する効果がある。しかし、それには先天的に過1/α波を持っていなければいけないはずだった。
副社長の言うとおり、世良たちがその素質があったとしても、ここまではっきりと届くには現在のスペックでは無理なほどの出力が必要になるはずだ。
「共鳴効果かも」
谷保が計算を始める。
「あっちにも、こっちにも同じ機械があって、それがお互いに干渉してる?」
「干渉による増幅、でも」
「こっちの方がスペックが上のようだね」
谷保が満足そうに頷く。
そして、その時がきた。

「……な、なんだ!?」
しぶきは突然立ち止まると、耳を押さえた。
「どうしたんだ?」
すぐ後ろを走っていた成功も立ち止まる。
「まさかまた発作とか!?」
「いや、違う。これは、この感覚は……菱、菱 雅美?」

この声が聞こえている人はいますか?
この声が届いている人がいますか?
今、私は直接皆さんに話しかけてます。
仕組みを説明すると長くなっちゃうから、手短に話しますね。
今の世界の状況は皆さんがご存じの通りです。
その世界を何とかしようと、科学者とか政治家とか、運動家の人とかが頑張ってます。
でも、世界は上手く動いてくれません。
何故だか、判りますか?
どんなに人間が頑張っても、地球の自転は変えられない、公転も変わらない。
自然……地球が傷ついて、それを嘆く人がいました。
このままでは、地球が人が滅びるって。
その人たちは、それぞれの方法で『人を守る』方法を考えてきました。
この過ちが、判りますか?
自然は何も言いません、全ての人を受け入れてくれます。
どんなに人が、傷つけても。
黙って、それを受け入れてくれます。
今まで傷つけてきたのに、いまさらそれを人の力で癒そうなんて傲慢におもいません?
あ、だからって人が死ねばいいって言ってるんじゃないんです。
人が自然を作るんじゃなくて、人が自然の中にいることを判って欲しいんです。
人は自然にあがらうことで文明を手に入れてきましたけど。
その人の歴史を全部すてようなんて言うことはできません。
でも、この声が届いている人、みんなに考えて欲しいんです。
私は今、新しい方法で皆さんに声を届けています。
人は進化の終末点にはまだ来てません、まだ新しい方法を考えつく事もできるんです。
あなたのまわりを見てください、素晴らしい仲間もいます。
だから、みんなでもう一度、考えてみませんか?
私たちが住む、地球って物を。
物じゃないかも、地球さん、かな。
だから、みんなでもう一度、話し合ってみませんか?
90億人の仲間達と……。

シーン7-3:

「共振……しているのか」
御陵が思わず後ろずさるのを、恵美は見ていた。
目の前の表示板は、無茶苦茶な数値を叩き出している。
そして、頭の中に響いてくる不思議な声。

「何が起こっているんだ!?」
突然の高波に揉まれる越ノ寒梅の船上で、蓼島は叫んだ。
「あれは、ドラゴン?」
クリスが指さす。
その先には巨大な白き龍が……。
「どうしたんだ、様子がおかしいぞ」
荒れ狂う龍は咆哮すると、ロス=ジャルディン島に向かって突進する。
「あそこにはまだみんなが!」
「前進一杯、ロス=ジャルディンに向かうぞ」

「今度はなんなんだ?」
遺跡中心部まであと一歩のところで、突入組は巨大な震動を感じ通路に倒れ込んだ。
「しぶきさん、分かりますか?」
「ダメ、あたいにも何がなんだか……」
首を振るしぶき。
その時、目の前の通路が突然爆発した。
全員が吹き飛ばされる。
「ぐわっ!」
壁に叩きつけられた香津美は、意識を失う直前、巨大な何かが通り過ぎるのを見た。
「……龍」

(……龍やて?)
(はい、遺跡を破壊しながら、まっすぐこちらにやってきます)
(コントロール出来ないのですか?)
(……くっ、ダメです、私の意志が通じません。どうして。あの子、壊れかけてる!?)
(ほなら、こないなところでグズグズせんと、はよ逃げださなあかんのちゃう?)
(雅美さん、みんなに連絡を)
(分かった!)
(あとはうちらも早く……)
(し……)
エテルナが何を伝えようとしたのか分からない。
その前に水槽が『龍』によって破壊され、その衝撃でみな意識を失ったからだ。
そして次に瑠璃が目覚めたのは、越ノ寒梅の船上だった。
「……よかった、気が付いた」
いきなりしぶきに抱きつかれ、目を白黒させる。
「な、なにがあったんよ」
「いきなりあの龍が暴走して、遺跡をぶちこわしてしまったんだ」
横から早瀬が説明を加える。
「幸い、みんな水中用装備を持っていたのと、菱の嬢ちゃんの手配ですぐに救助が入ったんで、ほとんどの連中は助かったがな」
「ほとんどって……」
「副社長とエテルナ、そのほか何人かがまだ見つかっていない」
「そっか」
瑠璃は張りつめていた気を抜いた。
「……結局、みんな謎の中って奴や」
「そうでもない」
クリスが言った。
「MVについては、今後500年間の封印が条件だが、過1/α波についての貴重なデータは手元に残った。海中と自在に交信できる装置が出来れば、海洋開発も飛躍的に進むだろう」
「それに、あの雅美ちゃんの言葉は、予想以上に多くの人間に伝わったらしい。一部では反応が出てきているようだ」
蓼島がそれを引き取る。
「地球環境の崩壊といっても、まだ10年以上の時間はあるんだ。その間に、なんとかするさ」
「そうしないと、二人の子供の未来もないですしね」
誰かが茶々を入れる。
「そうそう……って、違うだろ!」
船上に笑いが起こった。
そしてそれは、どこまでも広がっていった。
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