シーン1:

「さて、2週間続いた会議もそろそろ終わりそうですな」
「我々は会では無いから会議というのも変な話だが」
「いいじゃないですか、無所属の私たちがこんな話し合いしたのも初めての事ですし」
朝焼けの中、6人の人物が部屋にはいた。
教授会に属さない研究室の長たちである。
トライデントUNの古参の一人で、海底資源発掘開発部門の重鎮、菱垣元治。
2年前に研究室を持ったばかりで多数の特許・新案を獲得した、新進気鋭の海底工学者であり卓越した技術力を持つ真鍋桐人。
海産物資源の研究、および奇抜な発想で絶滅危惧31種魚介類の人工孵化養殖に成功。海洋資源の大将格、大須賀平八。
白鳥ボートから巨大ワンマンタンカー、海上都市の設計まで何でもこなす、海上の芸術家と呼ばれる海洋工学のスペシャリスト、菱 源美・雅子夫妻。
海棲ほ乳類の研究家でホーリットとGFの育ての親、海棲ほ乳類の思考過程を図式化した大家、ミスワキ・ハードウッド。
「なにはともあれ、たまった膿を出すのは生徒だけに任すわけには行きませんからね」
「ここまで放置したわしらの責任もあるからな」
「うんじゃ、プランについては先ほどの通りで。ミスワキ君、生徒の方はよろしく」
「オルレアンの乙女の方は春海くんがいる限り大丈夫ですよ、あの子は柔らかくなりました。特に笑顔がね」
「生まれつきのリーダー格ね、不憫なものですね自覚のない能力者っていうのも」
「だからではないですか、彼女が春海くんを選んだのは。扇動能力者と親和能力者、惹かれあうものがあるんでしょう」

シーン2:

菱垣研究室の一角に機械の山が出来ていた。
むき出しの配線板に焼けたハンダのにおいがかすかにする、至る所から様々な色のコードが滝のようにどこかの神経とつながっている。その中央にディスプレイがあり、先ほどから点滅を繰り返していた。
過1/α送受信機。
名前は簡単だが、そう簡単な代物ではない。
微弱な物まで拾おうとすると、雑音が邪魔をし微かな似たような物までも拾ってしまう。
また上手いこと拾ったとしても微弱な為、それを増幅しなければならない。しかも選択的にだ。
マックスウェルの悪魔がいるのであれば、是非協力してほしいところではある……。
船舶工学コースのエルヴィンにしても、ウルリッヒにしても不眠不休で作業をしていた。
ハンダで抵抗をつけてはいちいち電気漏れの有無のチェックを行う単純作業の連続。
世良、鈴、谷保にしてもプログラミングの作業に追われている。
回路の設計図は出来ているが、それを実際に動かすソフトもハードもまだそろっているとは言い難い状況なのだ。
作業は遅々として進まない。
バグを直してはほころびを繕い、美月と意見がぶつかることもたまにあった。
学生の本分を全うしないさいという美月の言葉に、授業中は美月が両方の作業をこなしていた。
3月を3日後に控え、疲労はピークに達してた。
「なんで2月ってやつは31日までないんだか」
谷保の愚痴に誰も答えようとはしない、みんな同じ事を考えていたからだ。
「この前、美月さんには相談しておいたさ。学生を何人かあたってるそうだ」
世良はリクライニングで思いっきり背伸びをする。
目はすっかり乾燥し、頭も心なしか重い。
「助っ人つれてきたわよ」
菱垣研究室に入ってきたのは美月と学生2人。
「毛利秀樹くんに相良均くん、主に基盤のほうやってもらうから」
その言葉に二人がお辞儀をする。
エルヴィンとウルリッヒは笑顔でハイタッチをしながら、入ってきた二人に話しかけている。
美月が連れてきただけあって、能力はあるようだ。
設計図を4人で吟味したあと、さっそく作業に取りかかった。
鈴が中座する。
休憩の時間も長くなってきた、頭は動くのだが指がいうことを聴かなくなってきている。
「プログラミングの行程は60%ってとこです」
世良が美月に話しかける。
このプログラミングが終わっても、今度は言語化プログラミングが待っている。
トータルの作業工程で行けば30%に届くか届かないかという所だ。
「今の送受信機のプログラミングが終わったとしても言語化の方が間に合いません」
「言語化プログラミングは、他の人に任せてるわ」
「!?」
すくなくとも世良はこの行動を極秘裏に行いたかった。
場所も手段も選ばず、人を殺し反人道的な事を平気でやる人間達が相手なのである。慎重になりすぎてもいいくらいの相手なのだ。
「少なくとも、そんなこと言ってられるほど時間がある訳じゃない」
「美月さん、一度聞きたかったんですが、あなたにとってこの装置は何ですか?そしてなんでこんなに急ぐ必要があるんですか?」
「亡き友人の遺言であり、状況が切迫しているってことよ」
「何か隠してますね、状況が切迫しているって何が切迫しているんです?」
「3月2日までに間に合わなければ、後手に回ることは確かね」
「答えになってないですよ」
「昨日、教授会に属していない研究室が手を組んだわ。トラコ内部でも表だっては静かだけど水面下で戦争に入った、そして……」
美月は権力抗争とはいわず戦争と言い切った。
「次の実験日にはエテルナがもう一人産まれてしまうかもしれないの、それがあなた達の知っている瀬戸内さんかもしれないし、クリスティーナさんかもしれない。人魚になれる素質があるのは先天的にMVに対して抑制力をもった人間、過1/α、海の揺らぎをもった人間にしかなれないのよ。少なくとも言語化は後回しでもいい、過1/α受信レーダーさえ完成できれば、瀬戸内さんとクリスティーナさんがどこにいるのか詳細がつかめるはずよ」
「何でそれを黙ってたんですか?」
谷保だった。
「彼らも研究者なのよ、研究者のモラルに期待して私も室長も何も言わなかった。でもジェレミーは死んだ、もう動かなきゃ駄目なのよ。海には自浄作用がある、でも人間には無いことを私も室長も今回の件で理解したの。だからこれ以上……」
「つくづく」
ウルリッヒだった。
「てめぇ勝手の多い場所だなトライデントってのは!」
工具を床にたたきつける。
トライデントコーポレーションの分裂、大学の分裂。
それは静かに、この島民のほとんどが知らない場所で形になりつつあった。
「工具は自分の指で、手で。それを投げ捨てちゃダメだよ」
一人の制服を着た生徒が入ってきた。
床に落ちた工具を拾い上げてウルリッヒの手のひらに返す。
菱 雅美だ。
雅美は軽く世良に会釈をする。
世良とは面識があった。
「遠くに見えてるものよりも、今は近くの事を考えた方がいいとおもうよ。瀬戸内さんとクリスさんを探さなきゃ、その為にはみんなが作っている装置が必要なんでしょ?その後のことはこの後で考えようよ」
雅美は微笑んだ。
「事情は秋桜さんから聞いたから、私も協力するしみんなでがんばろう」
そう雅美が言ったときの、美月の一瞬の困惑の表情に、鈴だけが気がついた。
その日の深夜3時、菱垣研究室。
夜の担当者が2名いるだけで1名は仮眠室へと行っていた。
「ああ、美月さんこんばんわ。なにかお忘れ物ですか?」
「ちょっと気になることがあってね」
研究室のドアが開き、中に入ってきたのは潮 美月だった。
「ずっと泊まり込みしてたから今日はぐっすりかと思ってましたよ」
「そう?私なら毎日規則正しく寝てたわ」
そういいながら美月が右手をあげると、そこには銃が握られていた。
バスッ!
ガス抜けの鈍い音がすると、モニターの一部が無惨な姿に変わる。
「……」
その光景をみた研究者は一瞬何が起きたのか理解できず固まっていた。
そして理解した瞬間、逃げ出した。
その後ろ姿を見て追うわけでもなく、ただ笑みを浮かべる美月。
銃を握った右手をゆっくりと1/α送受信機の方へ向ける。
「何をする気ですか?」
ゆっくりと装置の後ろから出てきたのは、立花世良とウルリッヒ・ブラウ、そして蓮見 鈴。
「何をする気かって、きまってるじゃない見て分からないの?学生さん」
美月は微笑む。
が、いつもの美月とは雰囲気が違う。
バスッ!
ためらいもなくトリガーを引く美月。
しかし、その銃弾は装置まで届くことがなかった。
発射された銃弾はその銃の前に立ちふさがった人物の肩で止まっていた。
「この装置は壊させはしないわよ」
その立ちふさがった人物も……潮 美月だった。

シーン3:

一つの部屋に二人の美月がいた。
「あら、お久しぶりねメイユイ(美月)」
「相変わらずやることがおおざっぱでえげつないわねメイハイ(美海)」
「おりじなんむきっち、あいかわらずやぁ。はらばたつんね、そのままかみゆんとこまでごぅえや」
「勝手に言ってなさいよ、あいにく死ぬ気はさらさらないから」
ふーん、と一言と共に何のためらいもなく美月の顔をした女はトリガーを引く。
しかし銃弾は発射されることが無かった。
美月は素早く銃身をつかむと美海の手首ごと左側にねじ曲げた、指の骨と手首の骨の折れる鈍い音が響く。
「ぎっ!」
美海は骨を折られながらも膝を美月の鳩尾に打ち込む。
美月が床に倒れ、必死になって呼吸をしようとあえいだ。
次の瞬間にはウルリッヒが肩から美海の腹にタックルをする、二人して倒れるがタックルされた状態で美海はウルリッヒの首に手を回し喉を締め上げる。
鈴は一瞬、美海の意識が途切れたところへ銃を拾い世良に投げた。
「その手を離せ!」
銃口を美海に向けながら叫ぶ。
美海はゆっくりとウルリッヒの首から手を離した。
「げ、げふぉ」
深くむせ込むウルリッヒ。
「どうしたの?早く撃たないと、もうここは戦場なのよ?」
美海は微笑みながらユラリと立ち上がり、世良の方へ歩み寄る。
銃が震えていた、正確には世良の手が震えていた。
本物の銃という物を初めて触れた人間であり、初めて人に向けた人間としては仕方のない事だった。
「フリーズ!」
世良の言葉にも耳を傾けず美海は近づいていく。
バスッ!
サイレンサーを通りガス抜け音と共に銃弾が発射される。
しかしそれは美海の髪の毛を揺らしただけで向こうの壁に当たった。
世良の首に美海の左手が伸びる。
「うがっ!」
その瞬間、うめき声を上げたのは美海の方だった。
「よっしゃ!久しぶりのダブルブル☆」
美海の左手にはダーツの矢が2本刺さっていた。
投げた本人はガッツポーズなんかしている。
「貴様、警備部!」
「見れば分かる事いちいち口に出さなきゃ分かんないの?あったま悪い女ね」
美海は腰をかがめてダッシュし、口でダーツを抜き吐き捨てながら七瀬真美に向かった。美海の勘がささやいたのだ、七瀬が同族であることと今いる部屋の中でもっとも恐るべき存在であることを。
しかし美海の身体が真美まで届くことはなかった。
美海は前からつんのめるようにして床にはいつくばる。
「きっさまぁ!」
「あら、イルカ用の麻酔薬じゃ効果が薄かったのかしら?」
真美はやたらとフリルのついたスカートの両端を持ち上げて、社交ダンス前の淑女の挨拶の様にお辞儀をした後。
「お休み、私のテディ・ベア」
笑顔で美海の顔を蹴り上げた。
10分ほどして動かなくなった美海を警備部の人間が連れて行った。
「美海は私の双子の妹で」
沈黙を破って話を始めたのは美月の方だった。
「保安部第4課にいた」
「保安部は3課までじゃなかったっけ?」
尋ねたのは真美だった。
「非合法活動をしている連中よ、部署表になんかにもない。私も一時期そこに配属された、けれど適正がないって解雇されたわ」
「解雇ってでもここにいますよね?」
「4課の職員は、ううん戦闘員っていったほうがいいかも。彼らは大陸本土で捨てられたり、売られてきて子供のうちから思想教育と訓練を受けるの。わたしは早々にくじけちゃったんだけど、妹が優秀でね、もしかしたら役に立つかもしれないってずーっと生かされてたわけね」
真美は応急処置用のガーゼとバンテージを美月の肩に巻いていた。
「私はその時のコネを使って、第4課の動きとトラコの動きを監視して、早瀬に伝える役目をしてた……友人の忘れ形見を守るために」
「早瀬って、早瀬教授ですか?」
谷保だった。
思いもかけない繋がりに谷保の表情はこわばり、口の中の唾液を飲み込んだ。
「ええ、早瀬教授と私とそして彼は彼の子供が重要な鍵だと理解したとき、トラコの手から逃れる為に……逃がした」
「誰なんですか?」
ウルリッヒは尋ねる。
「子供の名前は瑠璃、海藤瑠璃よ、でもその事にまだあいつらは気がついていない。気づかせちゃいけない」
部屋の中に沈黙がしばらく流れる。
「そろそろ病院いって処置しないと、本気で肩が腐って無くなるわよ〜☆」
そう真美に言われて、美月は立ち上がり忘れて、と一言残して行った。
何故、美月が彼らにそれを伝えたのか。
まるでジェレミーの時の様な嫌な感じを鈴は受けた。
遺言のような。
あのときの感じを。

シーン4:

朝が来る、結局泊まり込んで装置を見張っていたがあれ以来訪問者も無く、いつのまにか全員が寝てしまっていた。
全員が起きたのが午前10時。
あの晩その場にいなかったメンバーがそろい、昨夜の一件を説明し終わった。
「じゃあ、つなぐッス」
エルヴィンが本体とPCをつなぐコードをつないだ。
「メインスイッチオン」
ウルリッヒが電源をあげると同時に、機械が唸り始める。
--------------------------------------------------------
over 1/a wave serch system ver2.01......lording

#main power......ok
#comain power....ok
#system sect1....ok
#system sect2....ok
#system sect3....ok
#system sect4....ok
.
.
.
#system sect318..ok

all system green,
--------------------------------------------------------
『よっしゃぁ!』
歓声が上がる。
しかし本番はこれからだった。
本当に過1/αが拾えるのか、目に見える形にしなければならない。
全員の視線がメインモニターに集まる。
UN大学をワイヤーフレーム化した立体地図を呼び起こし、数値を決定し実行する。
出されるデーターは詳細ではない、学校をXYZ軸にあてはめ、その場所を表す数字がでたら自らがその場所を特定するというすこし煩わしい作業がある。
過1/αを放出するデコイを菱垣研究室の隣の部屋に置いておいた。
受信機がこれをキャッチすれば実験は成功になる。
画面に出てきたのは、大きな物から小さな物まで順位づけられた座標の数字。
これを特定し、菱垣教室の隣の部屋であれば成功だ。
モニターには過1/αが強い順番に並んだモニターの数字を読み上げながら、谷保がワイヤーフレーム化した立体地図を動かしている。
「強度No1の座標特定できたわ、菱垣教室」
谷保の言葉に、ウルリッヒ達が歓声を上げたがすぐにその声はやんでしまった。
「でも、隣の部屋じゃないわ」
という谷保の一声に。
「3番目ね、隣の部屋のデコイの強さは」
もし、昨夜言っていた美月の言葉が正しいのであれば。
人魚となる素質のある人間が。
この学園に2人はいるという事だ。
そして。
その中の一人は、この研究室の中にいる……。
立花世良、エルヴィン・オスト、ウルリッヒ・ブラウ、蓮見 鈴・矢川谷保・毛利秀樹・相良均・菱 雅美。
「でも、今は瀬戸内さんを……」
それぞれの顔を見合わせていたが、鈴の声に雅美が賛同する。
「そうだね、地図を拡大して瀬戸内さんとクリスさんをサーチをしなきゃ」
今のプログラムでは、個人まで確定することは難しい。
大急ぎで作ったため、今後も改良を続けていかなければならない。
そして大きくて膨大な電力を必要とするこの機械は、持ち運びはおろか置く場所にさえも難儀するしろものである。
「マップを島全体にあわせるぞ」
未確認情報ではあるが、トライデントプリンセスホテルの最上階に捕らわれているという情報があった。もし、この機械が素質があるという2人を、ホテルの最上階から感知すれば、それは可能性の域を出ないがより確かな居場所という事になる。
「出た」
世良はモニターにだされた序列を見ながら、ノイズをよりわけていく。
「ホテル座標と一致するものは?」
「2個ね」
谷保の抑揚の変わらない声が響く。
「……蓼島に連絡してくる」
世良は受信機から離れた場所でビジフォンのダイヤルを合わせた。
しかし、もう一つの重要な目的。
人魚の位置はこの装置では範囲が広すぎて拾うことが出来なかった。

シーン5:

受信機は送受信機となるための次のステップへ進むことになった。
もちろん、受信機としての機能を高めるためのプログラミング、軽量化にも入った。
エルヴィンはその成功を美月へ連絡し、世良は雅美となにやら話をしている。
谷保は学食までみんなの食事を買いに行き、ウルリッヒは他の学生2人と小型軽量化に向けた回路の見直しに入った。
鈴が検索をする。
マクガイア教授である。
ジェレミーが最初、ジェレミーではなかったときに居た教室の責任者の名前。
ジェレミーの話の通りであれば、4研とつながっている可能性が高い。
しかし、検索には一切引っかからなかった。
情報が消されたか、それとも本当は無かったのか。
今では確かめるすべがない。
画面をそのままにしながら、鈴は背もたれに体重を預けた。
3日前に申請をだした海凰の使用願いは、修理中であり監督責任者が不在であるということを理由に、事務局から申請却下の返答があった。
残る手だてが船をもった研究室への交渉であるが、この装置を載せられるだけの電源と大きさをもった船は見あたらない。そのため、全員が小型軽量化、高性能化に力を注がなくてはならなくなっていた。
唯一気が休まったのが休憩時間に鈴の年齢に近い女の子、スセリ・シンクレアと雅美と3人でのおしゃべりだったが、スセリも雅美も世情にはとんと疎く、もっぱら鈴がしゃべって2人は聞き役だった。
でも聞いている二人はとても楽しそうだったし、話をしている鈴もそんな雰囲気が好きだった。
しかし時間には限りある。
どんな状況でもそれはやってくる。
月が変わり、3月1日。
決戦の水曜日……。

<04B シーン6へ続く>

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