シーン6:

「……最悪だな」
近海調査船『寒梅』。
登録こそ調査船であるが、中身はまったく別の趣向が凝らされている。
見た目が屋形船、主な使用理由も宴会だ。
朝になった今ではその面影もない。
手に入れたばかりの宝物が彼の手から他者の手に渡り。
居場所さえ失い。
彼はうずくまる。

シーン1:

数週間前。
寒梅がロールアウトされてきた。
早速関係者だけで新年会と出来なかった忘年会とクリスマスと寒梅の新装開店祝いが盛大に催されてた。

数日前。
海凰に乗り込んでいた人々が、情報交換を目的とした料理会を主催し蓼島もきな臭いトライデントとアンノ君といわれるUMA、そしてMVという未知のウィルスについての情報を得た。
そしてその事が、ただ平穏な学生生活をしていた蓼島稔という学生の生活を一変させてしまった。
彼がその世界にくびを突っ込んでしまった原因にクリスティーナがいる。
彼女は島で発生した奇妙な殺人事件について調べて回っているという、その行動に危険性を感じた蓼島は彼なりの方法でその情報を集めてまわった。それが海凰に乗り込んだ学生への寒梅使用を了承したことであり、神原愛の家で情報交換を行うなど積極的に動いた事だった。

今回の不幸の始まりだったのは、情報を提供した中に宮前五郎がいた事だった。

シーン2:

数日前。
警備部まで自分とクリスと一緒に向かうも御徒町は不在、あの七瀬も不在。
「あ、それと間瀬さんっていますか?」
「間瀬課長なら自治警察に出かけてますが何か?」
「ああ、それならいいんです」
申請窓口の業務をしている人間にいきなり尋ねても何も得られないだろう、そう思いそれ以上は聞けなかった。
大須賀研究室に行くも取り立てて何も無い。
極めて静かな、いつもどおりの時間だった。
今から考えれば静かすぎたのかもしれない。

シーン3:


数時間前。
サークル魚偏の定例会の席上だった。
「愛の方は何か掴んだのか?」
クリスは神原愛と何か話をしている。
大体何の話をしているのか、今では蓼島は理解出来ていた。森瀬とかいう新聞記者の事らしい。
「静佳さんに後のことはお願いしているんですけど、森瀬って記者が居なくなってしまったらしくて大変みたいです」
クリスはいぶかしげな顔をしている。
「情報が多くてなんとも整理がつかないな、短期間でこれだけの問題が出てくると言うことは何個かは必ず繋がっているはずだ。警備部に行っても肝心の会いたい人間には会えないし……」
「キルシュ、飲んでるか?」
蓼島はクリスの横に座り、日本酒をコップに注ぐ。
「飲んでる、けど酔えそうにないな」
「俺の思い違いかもしれないが、あまり首を突っ込まない方がいいとおもう」
蓼島は自分のコップに残った酒を飲み干すと手酌で酒を注ごうとしてクリスに止められ、クリスの酌を受ける。
「心配か?」
「……まぁな」
「私のことは心配するな、自分のことで他者に心配されると申し訳ない気持ちになる」
「俺の方でも情報は入ってきている、でもどれもこれも学生領分の話しじゃない」
「分はわきまえているつもりだ、身を引くタイミングもしっかり分かっているつもりだ」
クリスの考えを変更させる事は出来ない、それはこの半年間でよく分かっていた。
「そうか……だったら、いい」
「蓼島には一つ言い忘れてる事があったな」
「?」
「温泉の時のことを憶えているか?」
「!?」
蓼島の表情が少し赤くなる、今となってはただの恥ずかしい思いでの一つだった。
「いいぞ、申し出を受けよう」
「え゛」
「とはいっても、何を具体的にすればいいのか、おつきあいというのは初めてだから良くわからんがな」
クリスも苦笑いというか、照れ笑いなのだろうか。こういうクリスの表情を見るのは蓼島とて初めてだった。
クリスの手の上に蓼島の大きな手が重なり、そして指を絡めるようにして握りしめる。
「側に居てくれればいい」
「そうだな、私もそれだけで今しあわせだ」

そうして時計の秒針が1回転したときだった。

シーン4:

『こちらはトライデントUN警備部です。そこの船、命令です停船しなさい』
外からスピーカーの音。
警備部警報は作動していない。
蓼島は勢いよく立ち上がり、ふすまを開ける。クリスは操舵のためにすばやく移動した。
海には3隻の船が寒梅を囲んでいる。
「夜間航行の許可書はここにあるぞ、停船理由を開示しろ!」
『……麻薬密輸入容疑です、なおそこにいるクリスティーナ・キルシュシュタインは容疑者として逮捕状も出ています。一般市民は逮捕にご協力を』
「……んなワケ有るか!!」
『あ、やっぱ説得ではダメですか?じゃあ実力行使で』
次の瞬間、軽機関銃の一斉掃射。
あまりの突然さに何人かが銃弾を受けて倒れた。
「キルシュ!全速離脱!!」
返事をするのが早いか、寒梅のモーターが唸った。
しかし肝心の船が動かない。
「……何故だ?」
クリスは後ろを向く。
あれだけ激しくスクリューが回れば、キャビテーション軽減型とはいえ水圧差で気泡が出来る。
それがなかった。
『逃げようとしても無駄です、スクリューはあらかじめ切断させてもらいました』
「なんて事を……」
「キルシュ、運動板を使え!」
蓼島の声にクリスは操舵板の下を開けてレバーを手前に引いた。
船がゆっくりと動き始める。
次の瞬間だった、寒梅の縁に何本かのかぎ爪が現れ、ダイバースーツを着た奴らが乗り込んできた。総勢4人。
乗り込んできて早々に軽機関銃を乱射し、魚偏参加者は倒れていく。蓼島は神原をかばい何発か背中に受けた、激しい激痛が蓼島を襲う。
「蓼島!」
2人の距離はおよそ8m。
クリスが駆け寄った時にはすでに蓼島は気を失っていた。
愛はまだ無事だったが、突然の出来事にはんべそをかいている。
「目標発見しました、今から連行します」
全身黒ずくめのダイバースーツを着た男が愛に向かって銃口を向ける。
「やめろ!あたしが行けばいいだけの話だろう!!」
クリスが気絶した蓼島の頭を抱きしめる。
『分かっていただければ結構です、こちらの船に来てください』
「蓼島……愛を守ってくれてありがとう。愛、蓼島を頼む」
「……」
愛はまだ状況の把握が困難だったが、クリスの言葉に頷いた。
「Tschuess」
そう言うとクリスは蓼島の唇に限りなく近い頬にキスをした。

シーン5:

散々になった寒梅に山笠音頭の曲が流れる。
今となってはこれほど状況に似つかわしくない曲はない、警備部警報の曲だった。
クリスが連れて行かれて10分も経っていない。蓼島は愛の膝枕で目を覚まし、畳の上に散らばった木片をつまむ。
「ウッドチップ……ふざけやがって……」
訓練などで使用される模擬弾頭であり木くずを圧縮して作られる弾頭だ、殺傷能力は低いものの当たれば相当に痛みがある。そして本物の銃と思いこめば、弾丸に打ち抜かれたと思っても仕方がない。
外に海上バギーのモーター音が響く。
「トライデントコーポレーション警備部だ、通報を受けた全員無事か!?」
御徒町たくやと七瀬真美の2人が乗り込んでくる。
「警備部……ふざけやがって!!!」
蓼島の突然の行動にだれもが動けなかった。
動いていたのは七瀬だけ、右手にダガーを持ち御徒町に殴りかかろうとする蓼島の右手をそぎ落とそうと動いていたが、御徒町のワイヤーによって手が動かなかった。

ガン!

蓼島の拳が御徒町の左頬を捕らえる。
御徒町は動くこともなくその拳を受けた、しかし足は一歩も動いていない。
「断っておく、最初に君たちの仲間を連れ去ったのは警備部じゃない」
「んなの分かってるにきまってんだろ……」
蓼島はその場に膝をついた。
「お前達は何でいらねぇときにいるくせに、必要なときにいねぇんだ……」
「すまん」
「なんでキルシュが連れていかれなきゃなんねぇんだ、この島は一体どうなっちまってるんだ!」
「詳しくは語れない」
「またそれかよ、この島は異常だ、訳の分かんない事だらけ、なのに俺達の周りまで危険が来てるのに誰も何も知ってるやつが語ろうとしない、何だって言うんだ!」
「すまん」
「それしかいえねぇのか、御徒町さんよ!!」
「ふざけんな若造!!」
御徒町の怒声に蓼島が一瞬引いた。
御徒町は折れた奥歯を吐き捨て言葉を続ける。
「私はこの仕事に命を懸けている、いま本当に命を懸けなきゃなんない状況なんだ。人の事も理解出来ないくせにてめぇの事だけ語るのが一人前か!!」
御徒町が片膝とついて蓼島の胸ぐらをつかむ。
「イライラしてるじれてんのはお前だけじゃない、安心しろ私が死んでもお前の仲間は必ず生きて帰す。それが私のやり方だ。この島を守る為ならいつだって死んでやる、だがなお前はまだやるべき事があんだろ、わびてお前の仲間が戻ってくるなら何度だって詫びてやる!」
御徒町の言葉は理解できない事が多い、しかし何かを伝えようとしている事は確かだ。
蓼島は黙り込む。
数分後、動かなくなった寒梅から警備部のボートに救助された。
蓼島を残して。
「ごめんねぇ蓼島くん、オカチーさんたら間瀬っていう部下殺されてイライラしてるのよぉ☆こっちにまでとばっちりがきちゃってた〜いへん☆ミてなカンジでね」
御徒町の怒鳴り声で七瀬は「たいさ〜ん」と言って姿を消した。
最後まで寒梅を去ることを拒否した。

シーン7:

「よぉ、なかなか宴会船らしい内装だな」
「大須賀先生……」
「なにしけた面してるんだ」
「……すんません、先生の船をまた壊してしまいました」
「あほだろお前」
大須賀はニコニコ笑いながら蓼島の頭をかきむしる。
「寒梅に申し訳ないです」
「おお、アホかと思ったらバカだったか」
「伝統の魚偏も、先輩達に会わせる顔がないです」
「わらっちゃうな、お前ってそんなやつだったか?形あるもの皆壊れる。いつかはどんなものでも壊れちまうもんさ。お前のやりたいことは本当にそれなのか?愛ちゃんから聞いたぞ、今のお前にはやんなきゃならん事があんだろ。伝統なんて人がいて初めて出来るもんさ、それ以上ふざけた理由で閉じ籠もってんなら海んなか突き落とすぞ」
ニコニコと大須賀は言っているが、口調は厳しい。
「でも……」
「デモもクソもねぇ、解るところからとっかかるしかねぇだろ。男気みせろや蓼島、人の酒会壊した奴らに魚偏の魂みせたれや」
大須賀はMDをデッキに差し込んだ。
「今時MDは古くさいが、おかげで誰にも気づかれないってな」
再生を押す。
『……今時、クラスBの……適正者……、おおかた…………共の玩具になる……。……死体……俺達の仕……、不……なんて……かねぇ、……仕事……あの……くせぇから……、地下実験……宮前と関連の……つぶせたし、一石……』
「トラコにゃ研究施設が3つあるっていうのが公だが、俺ら部屋持ちの中の噂じゃ人に言えない実験をやってる第4の実験室があるそうだ。そのMDはお前にくれてやる、だがな……」
大須賀平八は背中で語った。
「オレの期待を裏切んなよ」

シーン8:

「困ります、その先は関係者以外、きゃあ」
「いい通せ」
蓼島が来た場所、それはトライデントコーポレーション本部長室。アポイント無しの文字通り殴り込みに近い状況である。
「一晩でいい顔になったな」
「ああ、ぐだぐだ悩むのはもうやめた」
蓼島はMDを御徒町に投げ渡す、それを聞き終わり御徒町が尋ねる。
「で、何がしたい?」
「俺にはキルシュを助ける『権利』がある」
「へー、格好いいじゃん☆」
いつの間にか七瀬もそばにいる。
「義務じゃなくて権利か、じゃあ仕方ないな」
御徒町が微笑む。
「正直いうと相手は……」
御徒町が表情を変えてつぶやく。

「……トライデントコーポレーション第4研究室」
「副社長派の連中よん☆」
「おかげで警備部・保安部の人間は全部面が割れている、誰も知らない人間が必要だ。言っておくがこれはゲームじゃない、最大級のバックアップはするがどこまで出来るかわからん。必要な情報は私の端末から持っていけ、とは言ってもプロテクトレベル5までだけどな」
「実験っていっても今じゃ本物は手に入らないもんだから、疑似ウィルスでの実験だけだけどね☆」
「奴らは外部に気づかれないように1ヶ月に1度しか実験を行わない、次回は3月の2日。あと20日だ」
「分かった」
「第4研究室の中にも実験に疑問を持ち、我々に情報を提供してくれる人間もいる。安否の確認はできるがさらわれた人間がどこにいるのかもわからん。月に1度だけ、実験の日だけが勝負だ」
「ああ、必ず取り戻す」
「歴代の魚偏の連中も骨のある奴が多かったが、まだまだ魚偏は安泰のようだな」
御徒町は苦笑まじりの表情を浮かべた。
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