シーン0:

トライデントUNに一つ嵐が吹き荒れようとしていた。
それは200年に一度の超大型台風ではない。
自然災害でもない。
60億人が招いた人災が原因だった。

シーン1:

ある穏やかな昼近く、近海調査船『寒梅』の船上。
海凰に乗船していたメンバーが中心となりお料理会の名目で集まっていた。
その中には魚偏の中心メンバーの1人、蓼島稔もいた。
彼らが寒梅を使った理由には色々あるが、学校の教室、あるいは公共施設などで集まるとマークされやすく、海の上ならば盗聴の危険性も少ない。ましてや四面海であるから尚更というのがある。
しかし寒梅の船上で料理教室をするにはなかなかの無理があった。
屋形船はある程度の調理器具などは揃っているが、一般的に客に対して天ぷらを提供するとかそういった程度の台所しかない。料理教室といってもほぼ何人かが調理、何人かが座敷で待つようになる。
主に話し合われたのは今まで得た情報、そして新たに手に入れた情報をすりあわせる作業だった。
それぞれの役割分担を決めて、今後の方針を定めた。
「さぁ、料理も出そろったしそろそろ飲みますか?」
といって自家製の密造酒を取り出す。
ひるまっからであるが、海凰を降りてしばらく味わったことのない開放感に酔った。
はっきりと判る尾行と監視、それが解かれてからもまだ見られているのではないかと戦々恐々の日々、あの時のデーターをひっぱり出そう物なら扉から人が現れジェレミーの様に連れ去られるのではないかという不安。課題は沢山あった、でもこの一時だけが彼らの幸せだった時間だったのかもしれない。
これから訪れる事が彼らに判っていたなら。
この時間をもっと意味をもって味わうことが出来たはずである。

シーン2-A:

菱垣研究室。
潮美月が指定したのは夜中だった。
研究室には夜間当直の美月以外誰もいない。誰も座っていないモニターだけが様々なデーターを受信していた。
「初めましてかな、キミは世良くん?」
「はい、立花世良です。お初におめにかかります潮さん」
美月は笑顔を浮かべると2人をテーブルへ招いた、手慣れた手つきで紅茶を煎れると有明晴海と世良の目の前に置いた。
「君たちが来たって事はなんか私に相談したいことがあるってことかしら?」
「ええ」
「単刀直入に言います、ジェレミー先生のデーターを見せてください」
美月の眉がわずかに険しくなった。
「過1/α波が今回のキーワードになっていると思います、僕は一つの仮説をたてました。それは、この過1/α波でロス=ジャルディン島にいる『だれか』と交信している可能性です。データーはここにあります」
世良はモニターの一つに近づき、ウェブサイトにアクセスし海凰にいた時のデーターを全てダウンロードする。そしてノルウェーに置いた自分のサイトからトライデントに帰ってきてからのデーターをダウンロードする。それをホロノートに転送し美月の前に差し出す。
「……」
しばらくの沈黙が流れる。
ホロノート全てに目を通した美月はふと立ち上がり、室内のBGMをこれでもかというほど上げた。
ハードロックに近いやかましい音楽である、美月は世良と晴海にマイク付きのヘッドフォンを手渡し、静かに話せと指で指示をした。
「彼女から貰ったファイルはあなた方の推測を肯定する物よ、それとあれはトライデントUNに向かっているんじゃなくて、人魚に向かっているといった方が正解ね」
美月は自分のPCからデーターをホロノートに転送した。
さっそく展開するが、そこにはグラフやら文字の欠けた書類があるだけだ。
「これだけでは完成じゃないの、きっとまだ半分ファイルが残ってる」

シーン2-B:

実習船『にしかぜ』。
今となっては数年前の事であり記憶から消え失せそうな事故だった。
エルヴィン・オストは事故の洗い直し中に注目した。
事故原因が所属不明の艦船との衝突による電気系統の故障。
もっぱら有名なのは、このあと海底火山域に入りそうになり奇跡的に帰ってきたことであるが、大元の事故についての調査は行われていなかった。
謎の艦船がアンノ君であったとすればつじつまは合う、問題は2年も前からアンノ君が活動していたことか。
エルヴィンは乗船リストを呼び出す。
その中に見た名前があった。
海凰の実習生リーダー、遠野秋桜の名前である。

エルヴィンは秋桜に連絡を取る。
秋桜はすでに退院しており自宅にいた、どこか出先でとエルヴィンは申しいれたが秋桜の返事は以外にも秋桜の自宅でという事だった。
手荷物を素早くまとめ夕方の町中へ出た。

秋桜の部屋で待っていたのは遠野秋桜と桝家春海の2人だった。
「(同棲してるってのは本当だったッスか……)」
海凰で秋桜のノロケ話につき合った事のあるエルヴィンはようやく納得した。
「先に送ってもらったデーターなんだけど、聞きたいのはこれの事じゃないよね?」
夕食をごちそうになり濃い緑茶を春海がテーブルに置いたとき、話しを切り出したのは秋桜だった。
「にしかぜに衝突したのは、アンノ君じゃないかと思いまして。にしかぜの記録をみてたら秋桜さんの名前があったッス。その当時の状況を聞かせて貰えばと……」
「僕もそう思うよ」
口を挟んだのは台所にいた春海だった。
「はるちゃん……」
「ほら、就職確定していた先輩達はもう卒業しちゃってるんだし、もうそろそろ時効でいいとおもうよ」
秋桜は海凰の船上、にしかぜとアンノ君について考えてはいた。
しかし当時のにしかぜで箝口令をだされ、破った場合には学生全員を退学させるという乗船船員と教授達の脅し、そして就職が決まっていた先輩達の為にいままで口を閉ざしてきた。
「あたしはにしかぜ居た、けどそのものについては何も知らされてないの」
「ボクも船員が話してるのを聞いただけで、その物自体を見たワケじゃないけどね」
「春海くんも乗ってたんッスか?」
「秋桜さんとの出会いはにしかぜだったからね。船員がいってたのは恐竜がって言ってたのを聞いただけで、今回の件と同じかどうかも判らない」
「なにかデーターとか残ってないッスか?」
「あの当時、あたし達はボランティア単位収得のための乗船だったから、何も持ってなかったし、あの当時のことを示すだけの資料も持ってない」
秋桜は湯飲みの縁を撫でる。
「でも、あれはきっと同じ物だとおもう……」
湯飲みの底を眺めながら秋桜はつぶやいた。
「遠野先輩、一つお願いしたいことがあるッス」
「なに?」
「僕らに手を貸して貰えませんか?」
秋桜は目を閉じる、ゆっくりと何かを考えている。海凰メンバーがなにをしようとしているのか、秋桜には予測は付いていた。しかし、それを追いかけていく先の事を考えると不安が無いというのも嘘になる。
「はるちゃんは……どうおもう?」
秋桜の問いに春海は優しく微笑む。
「秋桜さんが進みたい道を行けばいい、ボクはここにいるし何時でも手を握ってあげる」
「ありがとう」
春海は秋桜の手を握りしめる、秋桜も握り返す。
「じゃ、そう決まったらとっとと行動するわよ」
「ど、どこにいくッスか!?」
「決まってるじゃない、ジェレミー先生を一番理解している人の所へ」
秋桜はジャケットを羽織りながらニッコリと笑った。
「菱垣研究室よ」

シーン2-C:

瀬戸内夏姫の部屋のドアをノックする音。
ノックというには勢いが良すぎる、殴りつけるような音。
夏姫はインターホンの画像を見て慌ててドアを開ける。
そこに居たのはジェレミー・ホーキンスその人だった。
連れて行かれたときの服のまま、あちこちが破け汚れ、靴は履いておらずストッキングは伝線していた。
「ジェレミー先生!」
夏姫よりも先に動いたのは蓮見鈴だった。
夏姫の部屋でブラウン運動などの基本的な事を教えて貰っていた、同じ海洋科学コースだった事と鈴の家から比較的近い海凰メンバーの一人だった為である。
ドアが開くとジェレミーは倒れ込みそうになる、それを右手でなんとか支えた。
夏姫はジェレミーをなんとか入り口から部屋まで運ぶ。
「すまない、伝えなきゃいけない事がある」
「今すぐ救急車呼びますから!」
「やめろ!どちらにしても間にあわん、私はもうすぐ死ぬ」
「死ぬって……、死んじゃだめです」
ジェレミーは、鈴の声にちょっと苦笑を浮かべる。
「それよりも、今言うことを全部記録しておいてくれ」
「はい!」
夏姫は講義録音用のレコーダーを持ってくるとジェレミーに渡す、ジェレミーは録音ボタンを押しながら言葉を紡いだ。

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いまから言うことは全て事実だ。
私はジェレミー・ホーキンスという人間ではない、名前すらない。
いや、名前というなら『MV実験No3』が私に与えられた名前だ。
身体にMVを人工的に感染させた2番目の適合者だ。
私には私の記憶がない、18年前にこの島に来たときはディアナ・カルドラを名乗ってた。
私の記憶はそこからだ。
マクガイア教授の下で研究員として働いていた。
数年後、私は一人の男性と恋に落ちた。
当時の私には何重もの監視がつけられていた、不審に思った彼は私の事を調べた。そして私の秘密をしった彼は私を連れてトライデントを逃げ出そうと言ってくれた。
お腹の中には彼の子供が居た。
トライデントを逃げ出し、カナダに渡った。
幸せは数日間だけだった、すぐに追っ手が来て私の目の前で彼は殺された。
彼は身元が分からないように顔を潰された、私に対しての見せしめもあったと思う。
数日後、私はあの実験室にいた。
私のおなかの中にいた子供は奪われた。
そこにいた研究員の一人に『女の子だった』と冷笑されながら言われた。
それからしばらく、私は薬物漬けになった。
真っ白い頭でどんどん私の記憶が奪われていく。
次に気がついたとき、私はジェレミー・ホーキンスの名前を与えられていた。
8年前に入学したての学生、トライデント初の特待生としての記憶が与えられた。
私はその事に一切の疑問を持たなかった、与えられた記憶と、与えられた条件によって。
『教授会への絶対服従』『過去の記憶を思い出さない』という条件。
普通に多少偏屈な学生生活を送り、学校に残った。
そして海凰に乗った。
科学者の研究成果、そして自分の理論、学生達の報告から一つの結論を導き出した。
私には先天的に過1/α波を他の人より多く持っている、持っているというのは適切では無いけど。
あの怪物は過1/α波を頼りにトライデントに向かっている。
そしてそれは。
『エテルナ』を探している。
MVの適応には過1/α波が関係していると私は推測する。
教授会は、いやトライデントはそれを知ってて私を派遣した。
きっと、あの物とエテルナの接触を阻止するため。
私が奴を引きつけ、足止めをするために。
初めての衝突の時、奴の発した大量の過1/α波は私の中の錠前を破壊した。
その時は何も感じなかったが、過去の記憶が少しずつよみがえり始めた。
しかし、服従だけは残った。
トライデントに帰るべきだと理解していた、でも私の口はそれを言うことをためらった。
自分の中での果てしない時間。
私の事、そしてトライデントの事に気づいた科学者達は海凰を逃げ出した。
自分の中での果てしない自分じゃないモノとの葛藤。
その状況を打開してくれたのは、一人の少女だった。
本来なら大学にいる年齢じゃないだろう、その少女は。
生きていたら14歳になるはずだった娘と重なった。
彼は日本人だったから、娘ではないけど、生きていたらと。
違うことは分かっている、だって私の娘は。
トライデントの第4実験室で樹脂固定されて、資料標本室にいるのだから。
でも、彼女を抱きしめたとき。
何かが変わった。
最後の錠前を、娘への愛と。
研究者への憎しみで、破壊したとき。
私は、教授会へ反抗する力を得た。
彼らはもちろん、私を許さなかった。
第4研究室へ連れて行かれた。
そして。
MVの解毒実験。
実験は半分成功した。
いま、私の心臓は。
今までの時間を取り戻すべく。
200回、いや300か、400以上の。
脈をうち続けている。
これ以上は、きっとどの臓器も。
耐えることは出来ない。
助け出してくれた。
あの人に感謝を。
美月、今までありがとう。
CODE1115を。
そして。
最後に、私を。
人としての。
時間を……与えてくれた。


少女に……。



ありがとう。



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レコーダーがジェレミーの手から落ちる。
鈴の膝の上で、少し微笑みながら寝るように。
ジェレミー・ホーキンスは、息を引き取った。

「こんばんわ、宅急便です」
静寂をうち破ったのはそんな声だった。
夏姫がインターホンの画像を見ると宅急便の制服を着た男が段ボールを持っている。
しかし夏姫はそれが業者では無い事に気がついた。
業者ならば腰にカードリーダーを必ず持っているはずである、この時代では受け取り確認に判子は使われない。判子よりも本人の住民カードで本人確認を行うのが主流である。
ドアの外にいる男はそれを持っていなかった。
「鈴さん、これもって逃げて」
夏姫はまだ泣くじゃくっている鈴に録音機からメモリースティックを抜き取り手渡した。
「え?」
「多分だけど、ジェレミー先生を追いかけてきた連中だと思う。だからこれを持って菱垣研究室に急いで、潮さんにこれを渡すの」
「え、だって、そうしたら夏姫さんは、どうするの?」
「もし追っ手じゃなかったらゆっくり菱垣研究室に行くわ、だけど万が一もあるし鈴さんだけでも先に行って」
夏姫は鈴の手を握りしめる。
「でも……」
「お願い、さっきのジェレミー先生の言葉の中で気になることがあったの、多分、潮さんに早く伝えなきゃいけないことだと思う。お願いだから」
「必ず、夏姫さんも」
「うん、必ず行くから。安心して」
「すみません、瀬戸内さーん!」
宅急便業者の声が大きくなる。
「はーい、今行きます」
夏姫は鈴の靴を手渡した。

「おまたせしました、カードが見つからなくて」
夏姫が玄関のドアを開けると同時に何人かの男がなだれ込んでくる。
「ジェレミー・ホーキンスと女性1名確保しました」
男の一人が連絡を取っているらしい。
「もう1名は……逃走した様子です、追跡お願いします」
夏姫は数人の男に囲まれていた、そして2名の男が玄関をあわてて飛び出していく。鈴を追いかけるつもりらしい。
夏姫は目を閉じて静かにしている。
「分かりましたでは、第4研究室に連行します」
そういって男達はジェレミーの遺体を運び出し、瀬戸内夏姫を連行した。

だれもいなくなった部屋。
30分ほど経ってからベッドの下から鈴が這い出てくる。
「……」
夏姫が目を閉じていたのも目線で鈴の居場所がばれないようにする配慮だった。
蓮見鈴は玄関から菱垣研究室へ急いだ。

シーン3:

菱垣研究室。
そこには海凰に乗り込んだ生徒の殆どがいた。
秋桜の呼び出しに集まった学生、総勢8名。
元々菱垣研究室にいた有明晴海、立花世良と秋桜と共に到着したエルヴィン・オスト、要石蒼威、矢川谷保、ウルリッヒ・ブラウ、鈴木香津美である。
「瀬戸内さんと蓮見ちゃんにも連絡つかなかったわ」
ビジフォンの数字を何度も確認しながら秋桜はため息をついた。
「で、遠野先輩は自分たち集めて何を?」
「きまってんじゃない、ジェレミー先生を助け出すのよ」
「ジェレミー先生は、亡くなりました……」
蓮見鈴が息を切らして入ってきた、涙で目を赤く腫らし、汗をかいて頬に髪の毛が張り付いている。鈴の一言に研究室にいた全員が凍り付いたようになる。
「詳しく、聞かせて貰える?」
美月は険しい表情のまま鈴に尋ねる。
鈴はメモリースティックを黙って美月に渡した。

数分間の内容が終わったとき、だれも息を潜ませていた。

Agnus Dei
Agnus Dei,qui tollis peccata mundi:

dona eis requiem
Lux aeterna luceat eis,Domine:

Cum sanctis tuis in aeternumquia pius es
Requiem aeternam dona eis Domine
et lux perpetua luceat eis

美月はささやくように歌う、愛する友へのレクイエム。
次にはコンソールに向かいキーボードを叩く。
美月とジェレミーの共有ファイル、5万を越える物の中からコード1115を展開する。
展開されたファイルを実行し、ジェレミーファイルをドロップすると世界中にアクセスをはじめる。世界のあちこちのサーバーから断片が集まり、欠損していた書類は文字で埋まり、グラフには数値が記入されはじめ完成した。
そしてその中には、未完成と書かれた過1/α波の言語化プログラムとこれも未完成の過1/α波送受信レーダーの設計図、海凰内部での全データーとアンノ君のデーターの全てが揃っていた。
「こんな物、残されたって……あんたが死んじゃったら何にもならないじゃない……」
美月の絞り出すような声が研究室に響く。
「そんなワケないじゃん」
美月の言葉を否定したのは香津美だった。
「ジェレミー先生は、最後に私たちにこれを託したんだよ。だったら何もならない分けないじゃない!これを見てはい終わりです、なんて言える分けないじゃない!!」
香津美は固く拳を握り締める。
「そうッス、人間死んだら終わりじゃないッス。誰かがその意思を繋いでいけば終わりじゃないッス」
エルヴィンは細い目をさらに細くしながらつぶやいた。
「アンノ君のブラウン運動についてなんて調べてる場合じゃなくなったな。俺は他の海凰に乗って多連中にも連絡いれてみる。神無月夕香里に月島蒼に工口姫子だけだな来てないのは」
ウルリッヒはビジフォンのナンバーを確認する。
「蓮見、瀬戸内はどうした?」
要石蒼威の言葉に鈴はその後あったことを伝えた。
「第4研究室っていったら、ジェレミー先生の居たっていうあの場所か。なんてこった」
要石は苦々しい表情になる。
「第4研究室について何か美月さん知ってることありますか?」
「トラコの非公式実験組織って噂だけ聞いたことがある、それ以上は判らないわ」
「本当ですか?」
「嘘をついてどうなるの?」
世良の質問に質問で返す美月。
「いえ、別に他意があるわけじゃないんです。今は少しでも多くの情報が欲しいだけです」
「そうね」
「この送受信機の設計図未完成のままだね、完成させるのは多分無理かも」
画面に映し出された設計図を見て、谷保がつぶやく。
「どうして?」
「可能性増幅装置を作るようなものだから」
改めて全員で設計図を見る。
3Dで構成された回路はまるで迷宮の様だった、1つの線を作れば2つの線が矛盾を起こす、そんなパラドクスの連続で出来ており、ジェレミーさえも作業を中断せざる得ない状況になっていた事が容易に想像できた。言語化システムが構築出来たとしても送受信機がなければ元もこもない。
「今は、2つに別れましょ」
秋桜の提案だった。
「まずは第4研究室について調べる班と、この装置について考える班に」
2班に分かれたがどちらの班に誰が入るのかは任意という事になった。
これから数日は徹夜作業が続くことになる。

シーン4:

徹夜作業が始まって3日目。
海凰組の全員に疲労の色が出てくる。
授業中に寝てしまうのは普通だった。
立花世良は甘ったるい匂いに目を覚ました。
つっぷした自分の顔の横に細い腕が見える。
いつの間にか自分の席の半分を占領されている。
その腕は世良のホロノートに延びていた、ホロノートには例の送受信装置の設計図が出っぱなしになっている。
世良は飛び起きた。
「あ、ごめん起こしちゃった?」
声は陽気だが目線はホロノート、右手で設計図をスクロールさせながら左手でメモを取っている。
「!」
世良は慌ててホロノートの電源を落とした。
「あ」
その人物はメモを取っていた左手でこめかみの辺りをポリポリかいた。
「何してる?」
その人物はショートカットの女の子だった、軽いくせっけに大きな瞳。
「ん、なんか面白そうなパズルだったから解いてみよーっかなって、後ろの席に座っててね、授業中お兄さん寝てたから丸見えで、ずーっと考えてたの」
悪びれない笑顔。
「すまないけど、これはそんな簡単な物じゃないんだ」
世良は立ち上がろうとする。
「なんだ、もうちょっとで解けそうだったのに」
世良が立ち止まる。
「ん〜と、確かこんな感じだったな……」
女の子はメモ用紙に右手で線を書き始める。
あの立体的な設計図を平面に出している。
「うんでもってっと」
独り言を続けながら1本線を引くたびに目を閉じて何かを考えている、そしてまた線を書き始めるといった事を数度繰り返すとメモを世良に渡す。
「出来上がり」
ニコニコと笑いながら大きくのびをする。
メモを見た世良は驚きを隠せなかった。
それはジェレミーが描いた立体的な回路を平面にしただけでは無く、まったくの真逆だった。入力が出力になり電気の走る方向さえも逆。
しかし1本の線を入れると2本の線が合理的に繋がるという物だった。
「冗談……」
しかも不足していた線までしっかりと書き入れられている。
「なかなか面白いパズルだよね、これ考えた人すごい人だと思うよ」
女の子は自分の荷物をまとめると笑顔のまま立ち去ろうとする。
「ちょっときみ、名前教えて」
世良が呼び止める。
「菱雅美、菱研に良くいるからまた何か面白いパズルあったら教えてね、カッコイイお兄ちゃん」
雅美は手を振りながら、左手のやたらゴツイ腕時計を確認すると教室を出ていった。
「へ〜、雅美ちゃんが解いたんだこれ、さすが」
菱垣研究室は海凰組の集合場所になっていた、学生は他にスセリ・シンクレアがいたが積極的に輪の中に入ろうとはしなかった、また無理に誘う者も居なかった。研究室長の菱垣は出張とかで姿を見せていない。
「美月さん知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、トライデントUN国際海洋大学2人目の特待生よ。1人目はジェレミーだったけど……」
言葉尻が少し濁るが次の瞬間には元に戻っていた。
「2年前、たしか13歳の時だっけ。1日だけこの研究室に来たのよ、公表はされてないけど実習船にしかぜを救った張本人だわね」
「そうなんですか」
「ダメよ世良くん、まだ15歳なんだから手出しちゃ」
「いえ、そんなつもりはないですよ、尊敬はしますけどね」
美月との雑談をかわしながら平面の設計図を立体にまとめる。
装置の完成まで約1週間といったところである。
順調とはいかないまでも完成の目処が立った。

第4研究室の事については秋桜が中心となって調べていた。
「一応、こんな所ね」
みんなが集めた情報をまとめる、と言っても殆どの情報は秋桜が集めてきた。
一緒に行動した者は、その秋桜の顔の広さに驚愕するばかりだった。
海洋大学1の鬼教授も秋桜の前ではただの人のいいお祖父ちゃんだったし、掃除のおばちゃんから食堂の調理場、出入りの業者までもが秋桜の知り合いであった。特に女子学生のファンが多く、ガセネタなのか本当の話なのか分からないものまで多数よせられた。

・第4実験室はトライデントコーポレーション内に存在する。
・その構成している研究者の素性は研究者同士も知らない。
・月に1回集まり実験を行う。
・MVについての研究が主である。
・かなり以前から存在している。
・だれが総責任者なのか不明。
・違法な人体実験を行っているが、その人間はどこからか実験日のみ連れてこられる。
・次回は3月2日に実験が行われる。

以上が得られた情報であるが、肝心のトラコ内部のどこで行われているという情報はない。
「突っ込むにしてもまだ情報が足りないわね」
秋桜はため息をついた。

シーン5:

まさかこんな所に監禁されるなんて、誰にも想像できないでしょうね。
瀬戸内夏姫が居たのはトライデントプリンセスホテルの最上階のスイートルーム。
夏姫が来る前にもう一人先客が居た。
トライデントの学生でクリスティーナ・キルシュシュタインと言うそうだ。
東の空から太陽が昇りはじめる、そしてトライデントが一望できるこの部屋こそ、第4実験室の素材置き場であった。
「シャワー使う?」
バスルームから出てきたクリスは、スリムジーンズにシルクブラウスに腕を通しただけの姿で出てきた。前のボタンもとめておらず濡れた髪の毛と上気した肌、そして朝日にうっすらと上半身のラインが透けている。
「クリスさん、綺麗……」
「あはは、ありがとう」
クリスは首からかけたタオルで額から流れる水滴を拭いながら新聞を読み始める。
室内での行動に制限は無かったが、入り口だけは外から鍵がかけられ外部への連絡手段がない事だけが不自由だった。そして窓ガラスは偏光ガラスで出来ているらしく、外から中を伺うことは出来ない様になっている。そして必ず1名、女性が交代で隣室待機している以外は何をしてても自由だった。
「助かりますよね、私たち」
夏姫の言葉にクリスは笑顔で返す。
「必ず助かるよ、蓼島が必ず迎えに来てくれるって私は信じてるから」
クリスは左目でウィンクをする。
「そうですね、私も私の仲間を信じる事にします」
夏姫も笑顔で返した。
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